才能。 直江光信(スポーツライター)
足が速い。これはわかりやすい。並外れて背が高かったり、力持ちだったり、手先が器用だったり…というのも典型的な「才能」だろう。あるいは、状況判断や相手ディフェンスの穴を見抜く目を真っ先に挙げる人もいるかもしれない。
ボールを持って走り、ぶつかって、パスをつなぎ、キックを蹴る。人間の様々な能力が求められるラグビーでは、それだけ多くの才能が輝きを放つ領域がある。中には、「そんな才能もあるのか!」と感心させられるようなものも。
今年2月、「ラグビークリニック」誌の取材で、通算6回の花園優勝を誇る名門、天理高校を訪ねた。その際、松隈孝照監督からとても興味深い話を聞いた。
「いかに接近してプレーできるか。これも、足が速いとか体が大きいのと同じように、才能なんです」
小柄な選手が集まることの多い天理には、極限まで相手と接近しながら戦うラグビーを追求してきた歴史と伝統がある。相手がスピードに乗る前に間合いを詰めてしまえば、体格差はさほど意味をなさない。むしろ小さい側の強みである俊敏性を最大限に生かすことができる。ボールを下げずに攻めることもできるし、トイメンにプレッシャーもかけられる。入れ違いで突破すれば、FWのカバーディフェンスが届かないから、トライにもつながりやすい。
ただし現実の「接近プレー」は、言葉で語るほど簡単ではない。ボールを持って相手に近づくということは、つまりそれだけタックルを受けやすくなるということだ。パスを放った瞬間にズドン! と入られるのを厭わない勇気と度胸がなければ、相手に圧力を感じさせる「本物の接近」にはならない。ギリギリのパスが多くなるため、投げ手にも受け手にも高いスキルが求められるし、エラーが起こる危険性も高まる。
それでも天理高校があえてリスキーなスタイルに挑み続けるのは、それこそが小が大を制する道であることを熟知し、幾多の栄冠を手にしてきた過去があるからだ。どれだけがんばっても身長を伸ばすことはできない。でも技術なら反復練習で身につけることができる。
松隈監督は自身も伝統の白ジャージーをまとって強大な相手に敢然と立ち向かい、高校2年時に全国優勝、3年時は準優勝を遂げている。2012年に監督に就任して以降も一貫して体格差を凌駕する接近プレーに取り組み、昨年度は6年ぶりの花園出場を果たしてチームを久々に全国ベスト8の舞台へと導いた。そんな天理ラグビーの求道者は、類いまれなる「接近する才能」の持ち主として、かつてコーチ時代に指導したひとりの教え子の名前を教えてくれた。
「ハルだけは特別でしたね。あいつの接近の仕方は、誰にでもできることではない。普通は怖がるんですよ、どうしてもタックルを受けるから。でもハルは1年の時から全然怖がらなかった。パスした瞬間にバーンとタックルされても、そのまま自分が放ったボールを目で追いかけてるんです。そんな子はまずいない」
ハル。言わずと知れた現日本代表、立川理道である。天理高校で花園をわかせ、天理大学時代は小型軽量のチームを率いて国立を席巻し、現在はジャパンBKの中軸として生命線である複層的アタックを操る。スピードやステップの切れ味が飛び抜けているというわけではないのに、立川がボールを持つとたちまち攻撃は躍動感を帯び、いとも簡単なようにチャンスが生まれる。その理由が、彼の高校時代を知る恩師の言葉でよくわかったような気がした。
さて、ラグビーの季節到来というにはまだ早過ぎるけれど、今週末よりトップリーグが開幕する。日本最高峰のリーグには、それだけ多くの才能を備えた選手がいるはずだ。順位争いももちろん重要だけれど、バラエティに富んだ才能が各所で活躍すれば、そのぶんリーグは盛り上がる。
個人的には、「タックルスピードが異常に速い選手」なんておもしろいと思う。わが高校時代のチームメイトのSOは、自分がボールを持って走る時よりボールを持った相手に突き刺さる時のほうが速かった。あれは衝撃的だった。
【筆者プロフィール】
直江光信(なおえ・みつのぶ)
スポーツライター。1975年熊本市生まれ。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)。現在、ラグビーマガジンを中心にフリーランスの記者として活動している。