コラム 2014.06.19

現場で身体を張るということ  向 風見也(スポーツライター)

現場で身体を張るということ
 向 風見也(スポーツライター)

 野球界で活躍されたスポーツライターの永谷脩さんが急性骨髄性白血病で亡くなった。68歳だった。インターネット上でその報せを受けた筆者は、学生時代に都内某所で受けた「スポーツライター講座」で講師をされていた永谷さんの授業内容を思い返した。

「文章をうまく書くなんて、いまのお前らにはできない。俺だってできない」

 机をコの字型にした教室で10名程度の生徒が参加する授業では、よく、こんな身も蓋もないような言葉が飛んだ。実際、永谷さんの書物や雑誌記事の真骨頂は、文体やら観察眼とは別のものだった。

 例えば、スポーツ総合誌『Number』でのプロ野球の日本シリーズ号の記事には、出場選手の帰りのバスの車中での台詞が当たり前のように載っていたりする。無論、そのバスのなかに永谷さんが乗られていたかどうかは不明だし、本当にその選手がそういう発言をしたという証拠があったかどうかも一部の人にしかわからない。

 ただ明らかなことは、永谷さんが規制された「エリア」での「コメント」にとどまらぬ情報を原稿に盛り込もうと考えられていたことだ。この人は元巨人の江川卓投手の「空白の一日」にも関与しており、元阪急の山田久志投手の自宅に宿泊道具を置いていたらしい。あえて乱暴な言葉で表現すれば、何かと刺し違える覚悟をライフワークにされていたのだろう。

 最終講義の際にもらった手書き文字の書かれているA3の紙には、講義を貫いた自身の哲学がまとまっている。

「スポーツライターは現場の伝聞者であれ」
「まずは現場に行きなさい。選手を好きになりなさい。人を好きになりなさい」

 さて、ラグビー日本代表は21日、東京は秩父宮ラグビー場でイタリア代表を迎え撃つ。エディー・ジョーンズ ヘッドコーチら国際的指導者のユニットが下支えする「JAPAN WAY(日本独自のスタイルという意味か)」が欧州6強の一角にどう抗うか…。前年はほぼ2軍格とはいえ欧州王者だったウェールズ代表を破っているだけに、多くの愛好家たちに期待を抱かせている。

 とはいえ残酷ながら、日本全土にあってこのゲームを知る人の比率はさほど高くはあるまい。折しも、遠くブラジルでは4年に1度のサッカーワールドカップの最中である。

 専門誌やスポーツ誌、一部スポーツサイト以外の場所では、この時期のラグビー記事には「サッカーのワールドカップも盛り上がっているが…」といった枕も付いて回ることだろう。

 選手もファンも、こういう状況を打破したいと考えている。

 ファンの方が前向きな声かけを意識した応援スタイルを構築、日本代表の選手がチームメイトを紹介する映像を『YouTube』で配信した。「結局、パイ(ターゲット層の絶対数)が少ないから」という理由で特番が組まれなかったり本が出なかったりするなか、これらは明らかに貴重で尊い取り組みだ。

 実際問題、認知度拡大には相応の戦略が必要で、その道の戦略家が確固たる戦略でラグビーをアピールしようと思うようにさせるにあたっては、これまた高いハードルがある。ただ、個々人がまず第一に行えることは、それぞれがやれることをやるということも確かだと再確認させられる。

 件の映像、ごく自然なインタビューでウイング福岡堅樹の言質を引き出していた国内最多キャップ取得者、ロック大野均は、自分が取材されている時にこう話したことがある。

――長く現役でプレーできる秘訣は?

「一瞬、一瞬を大事にしていることが、いまにつながっているかな、って」

 筆者なら取材対象者に敬意を払い、相当の事前準備を施し、その場を楽しみ、権力監視の機能も強く意識する。そうして『ラグビーリパブリック』での記事出稿をはじめ、現場の息遣いを伝える仕事を積み重ねてゆく。この時代にあって、亡くなる直前の永谷さんの手書の原稿を待つ編集者がいるのがマスコミ業界だ。楕円球界ほどではないにせよ、「身体を張る人間への敬意」は根付いているはずである。

 例えば、指導者が公式の記者会見の場に人気の若手選手を連れてくる。良かれと思って「メディアの皆さんは彼のことが好きだと思って」と言ったとする。ここで無自覚に微笑するか、その相手に「馬鹿にされているな」と負けじ魂を燃やすか、という記者の意識の違い。これらはその後の取材成果、ひいては不特定多数の読者へのメッセージを大きく変質させうるのだ、と、肝に銘じ、今度のイタリア代表戦を伝えます。

【筆者プロフィール】
向 風見也(むかい・ふみや)
1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、主にラグビーに関するリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポルティーバ」「スポーツナビ」「ラグビーリパブリック」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)。

(写真撮影:松本かおり)

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