寝る前に競技規則を読むべし。 小林深緑郎(ラグビージャーナリスト)
年を重ねるにつれ、しゃべろうとした固有名詞が思い出せずに「アレ、アレ」を連発することも少なくなくなった。これを「ど忘れ」といえば不正直な自己弁護、明らかな失念という事態も増えつつある。
酒席で相手の発言をすべて覚えていて、あとで煙たがられたのもいまは昔の話である。仕事柄、ラグビー選手とコーチ、引退した往年のプレイヤーの名前がスラスラ出てこなくなれば由々しきこととなるわけだ。
そこで、眠る前の横になった時間を利用して、記憶力を刺激してみようと思いついた。まず考えたのが、都道府県名と県庁所在地を口に出してみることである。1都2府1道、で県はいくつだったっけ? 幸い都道府県名は全部言えたので47あると判明。ところが県庁所在地は数か所あやふやのうちに眠りが訪れた。翌日確かめると、2001年に埼玉県の浦和市が大宮、与野と合併し、さいたま市に変わっていたと気づかされた次第。
次にチャレンジしたのが、アメリカの州の名と州都を覚えること。初めはお手上げ状態だった。日本の都道府県名が分かるのは地図が頭に入っているからだと推測し、アメリカの場合もまずは地図で州の区分を視覚化し、名前と場所をセットで記憶することからはじめた。
追い風となったのが、日々のニュースのなかにアメリカの州や都市の名前があふれかえっていたということだ。記憶する努力が実用に使えるということが持続の励みとなった。ほどなくして2012年11月の大統領予備選挙を迎えたときには、新聞に載った選挙区の州地図のすべて名前を言い当てられるようになっていた。州や都市の位置が判るだけで、映画や小説の筋書きの裏の理解が深まったと感じることも少なくない。
一度覚えてから半年ほどさぼっているうちに、州の位置や州都の名がおぼろげになってきたので、名前を再確認して再度チャレンジしたところ、今ではアメリカ地図の記憶は完全に定着した。今後は、イタリア、フランスの州名を覚えるつもりである。
さて本題に入ろう。南アのミスターラグビーと呼ばれたドク・ダニー・クレイヴン(没年1993年、82歳)は、「毎晩寝る前に競技規則を読む習慣をすべてのプレイヤーが身につけるなら、愚かな反則は減り、競技の質は素晴しく高まるだろう」と日頃から口にしていたという。この言葉、プレイヤーのみならず、解説者の身にも染みた。寝る前に、アメリカの州名を唱えるひまがあれば、筆者もラグビーの競技規則を読むべしと……。
場面は第51回日本選手権準決勝、3月1日、東京駒沢陸上競技場でのパナソニックワイルドナイツ 対 神戸製鋼コベルコスティーラーズの一戦である。前半31分、ボールをドリブルしながら前進したパナのWTB山田章仁が、インゴールでボールを片手で押さえたかに見えたプレイは、ビデオ判定に委ねられ、結果はインゴールノックオンとされた。
このとき、ジェイスポーツで解説を担当していた筆者は、とっさに「トライですね」、「ノックオンはあり得ない」などと口にしたため、冷や汗をかいたのだが、どうやら、山田選手のグラウンディングを巡っては、ノックオンかトライかに関して各所で見解が違うらしいのである。詳細に関しては、いずれラグマガの『ルール講座』でひもとかれるだろう。
そこでここでは、インゴールのグラウンディング方法についての、基本の考えについてだけ触れておきたい。インゴールのグラウンディング、すなわちトライのやり方には2種類がある(競技規則22条1)。ひとつは(a)ボールを抱えて地面につける方法で、これは誰でも知っているとおりだ。もうひとつは、(b)ボールが地上にあるときに、手、腕またはウエストから首の間の上半身で押える。どちらも難しい規則ではない。
問題のシーンは、ボールがバウンドしながらインゴールへと転がって入った状況で起きたもので、地面でバウンドしたボールを、つかむことなく片手で地面に押しつけたと理解している。この場合、判断が難しいのは、(a)と(b)の中間というべき、ボールがバウンドした間際や、または地面から跳ね返る直後に関してどうすべきかが、競技規則のなかで明確に説明されていないからだろう。さあ、この状況の解釈は?という点で議論があるのだと思う。
そこでここでは、バウンドの間際のきわどいプレイの解釈については棚上げしたうえで、明らかにバウンドして空中に浮いたボールをいかにグラウンディングするかだけを再確認にておこう。ドリブルなどでボールがバウンドし、ハッキリと宙に浮いているなら、しっかりつかまえ捕球してからグラウンディングするのが基本プレイである。また、ボールが地面(芝生)を滑って転がっているときには、手、腕、または上半身で一瞬押えれば良いということになる。
【筆者プロフィール】
小林深緑郎(こばやし・しんろくろう)
ラグビージャーナリスト。1949(昭和24)年、東京生まれ。立教大卒。貿易商社勤務を経て画家に。現在、Jスポーツのラグビー放送コメンテーターも務める。幼少時より様々なスポーツの観戦に親しむ。自らは陸上競技に励む一方で、昭和20年代からラグビー観戦に情熱を注ぐ。国際ラグビーに対する並々ならぬ探究心で、造詣と愛情深いコラムを執筆。スティーブ小林の名で、世界に広く知られている。ラグビーマガジン誌では『トライライン』を連載中。著書に『世界ラグビー基礎知識』(ベースボール・マガジン社)がある。