エジンバラでのテスト。 藤島 大(スポーツライター)
オールブラックス戦の直後、ジャパンの絶対に倒れぬ塔、大野均がこんな内容を語った。
「以前は、リスクを冒してでも個人的にシステムを超えることをしなくては通じないと思っていた。いまはジャパン・ウェイを信じて戦える」
そんな試合だった。日本代表がひとつのチームになっているから完敗してもなお引き締まっている。この感じは、1991年の第2回ワールドカップの宿澤広朗監督のジャパン以来のような気もする。別の表現をすれば、負けて、こことここが悪い、と反省できる。ひとつの闘争集団として世界最強を向こうに散って、ここが現在地なのだともよくわかった。
もうひとつ、過去にオールブラックスとぶつかったジャパンは、当時の取材者として断言してしまうが、本当の本当に指導者の方針を信じて、周到な準備をかさね、深く結束するところには達していなかった。だから大敗は必然であって、すなわち今回のスコアが縮まったことにさしたる価値はない。前が悪すぎたのだから。それよりも最後まで戦う姿勢、能動的なチームへの「信」が観客に伝わった事実が大切なのである。
本稿は、締め切りの都合で、スコットランド戦の前に書いている。本当は、そのテストマッチが本物のテストになる。オールブラックスよりもジャパン相手に「負けられない」と必死になる立場の相手とアウェーでどこまで戦えるかは興味深い。さっそくスコットランド代表の10番、ローリー・ジャクソンは、地元の新聞に「ジャパンは危険だ」(デイリー・レコード紙)と語っている。いわく「ボールを手にダイレクトにランすることを好み、ディフェンスはよく組織化され、タックルはハードで低い」。こういう態度で迎え撃ってくれるから実相もいっそうわかる。
以下、たとえばテレビ中継解説の短い時間では、なかなか伝え切るのが難しいのだが、ここに試みたい。現在のジャパンのスタイルは、現行の競技ルールによく合致しており、組織的に攻め続けるので、同格までの相手には強い(国内のサントリー)。またオールブラックスからの大量失点も避けられる。なにより前述のように選手が自分たちの方法を信じているのが強みだ。だからこそ「大きく格上(ニュージーランド、南アフリカ級)に健闘」でなく「ひとつ格上(スコットランド、イタリア級)に一発勝負で勝つ」ことに適しているかがここから問われる。
挑戦者だからボールをたくさん動かすことは半面で正しく、他方では、格上とのむき出しの体力勝負に巻き込まれて突き放される危険もはらんでいる。もちろん、この場合の危険とは「どうにもならない」ではなく「あと少しでどうしても勝てない」という意味だ。
ゲームの構造のひとつに「格下の仕掛ける一発勝負には長いキックが必要」がある。敵陣、敵陣、また敵陣。数少ないチャンスをさっとものにして僅差の白星を狙う。もうひとつ「格上相手に守り切るのは無理」もまた真理だ。一定の失点覚悟の攻撃重視こそが金星の道だと。結局は、標的とおのれの側の力関係による。
そこで気になるのが、ジャパンが2年後のワールドカップで「ノックアウト・ステージ進出=ベスト8」を本気でめざすか、それよりも、現在掲げられている「開幕時にランク10位」をゴールとするかだ。「8」と「10」は近くて遠い。高い目標からの逆算か、確実な積み上げか。ここも簡単に是非を論じられない。もし前者を選べば、プールで同組のスコットランド、本大会に強いサモアを絶対に倒さなくてはならず、まさに「格上から乾坤一擲の勝利を」の世界となる。11月9日、エジンバラ・マレーフィールド、日本時間の23時30分開始のスコットランド戦は、この先のジャパンの進路を考察するきっかけとなるだろう。
われらが大野均はこう宣言してくれた。「10年前のカタキをとりに行ってきます」。2003年のワールドカップ、豪州・タウンズビルで11−32と敗れて、なお評価を得た。しかし、翌年の欧州遠征では強化体制の迷走でベストの布陣を編成できず8−100の惨敗。本人出場は後者であるが、いずれにせよ白黒を引っくり返す意思に変わりはない。
【筆者プロフィール】
藤島 大(ふじしま・だい)
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。著書に『ラグビーの情景』(ベースボール・マガジン社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)、『楕円の流儀 日本ラグビーの苦難』(論創社)、『知と熱 日本ラグビーの変革者・大西鉄之祐』(文藝春秋)、『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『ラグビー特別便 1986〜1996』(スキージャーナル)などがある。また、ラグビーマガジンや東京新聞(中日新聞)、週刊現代などでコラム連載中。J SPORTSのラグビー中継でコメンテーターも務める。
〔写真:試合前に闘志を高める大野均(胸に手を当てている選手)らジャパンの選手たち/撮影:松本かおり〕