コラム 2013.07.04

ジャパンの外国人に 「喝!」と言われましても  向 風見也(ラグビーライター)

ジャパンの外国人に
「喝!」と言われましても
  向 風見也(ラグビーライター)

 インターネットメディア上の議論としては、少々、古い話。毎週日曜朝の人気情報番組、6月16日OA分である。

 「ラグビーは日本代表に外国人がいる。そのルールが問題」。出演者が「あっぱれ」「喝!」とスポーツニュースの感想を述べるコーナーで、名物野球解説者がこんな旨の発言をしたようだ。ブラジルから日本に帰化した元サッカー選手は、「日本代表になりたきゃ、私のように帰化をすればいい」と続けたらしい。

 本稿筆者は例の放送を視ていない。ただ、熱烈な期待が怒号に変わったのは確認した。

 東京の秩父宮ラグビー場で、日本が欧州王者のウェールズを23−8で下した翌日のことだ。テレビで滅多にラグビーのニュースが視られないファンは、「きっと今日なら」と各種報道番組を楽しみにしていた。そんな朝、勝負とは無関係な「喝!」で目が覚めたのである。Twitterのタイムライン上には、失意の文言が踊ることとなった。

 『ラグビーリパブリック』ではコモンセンスとされそうだが、テストマッチ(国同士の真剣勝負)出場に国籍は無関係である。「3年以上継続して居住し、他国代表経験のない選手」なら、誰でもその国の代表を目指せるのだ。国際ラグビーボード(IRB)がそう定めている。

 ティム・ヴィサー。欧州6カ国対抗を戦うスコットランドのトライゲッターは、国籍がオランダだとされる。欧州にあってはラグビーが盛んとは言えない地の出身で、セルティックリーグの4季連続トライ王となった。文句なしで強豪国の代表入りを果たしている。

 海外の代表選手の国籍は複雑で調べがたい部分もあるが、現在世界ランク5位のフランスにも、フィジーのノア・ナカイタジなど複数の国外出身者がいる。サモア代表のアレサナ・ツイランギとイングランド代表のマヌー・ツイランギのように、兄弟が違った国の代表という例もある。この世界には、国籍を理由にそこで生まれ育った人にすら選挙権を与えぬ場所があるが、そうした障壁と無縁なのがラグビー界なのだ。パスポート主義ではなく、所属協会主義。そういえば、以前初めてジャパン入りした関西出身の若手選手が「君が代を聞いた感想は?」と聞かれた際、あっけらかんとこう答えたものだ。

 「あぁ、見た目と名前じゃわからんと思いますけど、僕、韓国人なんですよ。だからどうしたってわけじゃないですけど」

 むろん、ここは同じ民族が国民の大半を占める日本である。漢字が入っていない名前の黄色人種以外の選手には、ルールの是非以前に感情的な拒否反応を起こす人もいよう。件の元サッカー選手のごとく、「帰化すれば」と。しかし、この国のラグビー界において、帰化は微妙な問題なのである。

 賃金と治安に惹かれてか、昨今、多くの世界的ラガーが来日するようになった

 2季連続で国内の全タイトルを制したサントリーには、オーストラリア代表110キャップ(国同士の真剣勝負への出場数)のジョージ・スミスがいる。勝負所でのボール奪取で、大一番を前にした大久保直弥監督に「ゲームを読む力が抜群。スタメンが決まっているのはジョージだけ」と言わしめ、日本最高峰のトップリーグ(TL)で2年連続のMVPに輝いた。数年来、覇権争いを制したチームには「確かなクラブ文化」「出場選手のトップレベルでの試合経験」が揃っている。前者の形成には時間がかかるが、後者なら母体企業(ほとんどが大会社)からの予算捻出で賄える。いくつかのチームは現在、スミス級の大物を積極起用している。

 かたや、TLの外国人枠は2012年度より以前の「3」から「2」に減った(アジア枠は別途1人)。他国代表経験のない、ジャパン入りが可能な外国人の出場機会は削られる一方だ。大学ラグビー界にはトンガなどからの留学生選手が多数いるが、この状況下では、彼らとの契約に帰化を条件とするクラブが出ても不思議ではない。あるいは、若手のプロ外国人選手に「帰化した際の昇給」を提案する例も発生しうる。一介の記者としては「そんなことはないと信じたい」と書くしかないが、個人と密接する「帰化」が条件闘争に用いられるのは、それこそ感情的に納得せぬ人も多かろう。

 マイケル・リーチ。高校時代に日本に留学し、母国ニュージーランドでの2011年ワールドカップにジャパンとして出た東芝の華は、12年度、ベンチを温める時間が増えた。理由を聞かれた本人は「外国人枠」ときっぱり答えた。前年度の新人王だ。自身のTwitter上でその問題を提起しても、誰も責めなかった。

 「帰化すればレギュラーになれるじゃないか」。否。そうはいかない。日程上、掛け持ちは可能とあって、リーチは南半球最高峰のスーパーラグビーでのプレーも目指している。ただ、日本に帰化すれば、母国での契約が「外国人枠」を理由に難しくなる。だから、一時は日本の高校教諭になりたいという目標を持つほどの親日家でも、簡単には国籍を変えられないのである。

 ナショナルチームは、リーチのような選手がジレンマと無縁でいられる唯一の場所なのだ。そして、それを支えるのがIRBの所属協会主義である。放送前の事前打ち合わせでこうしたレクチャーがあれば、「喝!」も、それに付随するツイートも発生しなかったはずなのだ。

 もっとも、ジャパンの外国人参入は問題なしと言うには、まだいくつかの注釈がいる。端的に言えば、「その人は日本が世界に勝つための方針に見合った選手か」「その人がいてもチームの体は維持されるか」。もちろん、これらは国籍とは無関係な項目だ。

 

 

【筆者プロフィール】
向 風見也(むかい・ふみや)
ラグビーライター。1982年、富山県生まれ。楕円球と出会ったのは11歳の頃。都
立狛江高校ラグビー部では主将を務めた。成城大学卒。編集プロダクション勤務を経て、2006年より独立。専門はラグビー・スポーツ・人間・平和。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)がある。技術指南書やスポーツゲーム攻略本の構成も手掛け、『ぐんぐんうまくなる! 7人制ラグビー』(岩渕健輔著、ベースボール・マガジン社)、『DVDでよくわかる ラグビー上達テクニック』(林雅人監修、実業之日本社)の構成も担当。『ラグビーマガジン』『Sportiva』などにも寄稿している。

 

〔写真:日本代表のクレイグ・ウィング(中央)とマイケル・ブロードハースト(写真右隣)/撮影:BBM〕

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