コラム 2013.03.14

黒いトゲトゲの中身。  藤島 大(スポーツライター)

黒いトゲトゲの中身。
 藤島 大(スポーツライター)

 この世で初めてウニの殻を裂いて、あのトゲトゲをかいくぐり、おのれの指を挟み込んで、ねじ入れもして、黄の色の軟らかな部分をチュッとすすった人間は偉い。おかげで、このあいだ近所の鮮魚店の閉店間際を襲撃、定価の三分の一のシーウーチン(英語でウニ)を手に入れ、パスタにからめて戴く幸福に浴することもできた。



 万事、「初」は尊いのだ。いまでは古来のストレート式を駆逐しつつあるスピンパスも、最初から行われていたわけではない。日本のファンの大半が初めて目にしたのは、1967年、来日したNZU(ニュージーランド大学選抜)のハーフ、クリス・レイドローの放った長いパスだった。レイドローは、オールブラックス史上でも語られる機会の多き名手、オックスフォード大学留学時にはキャプテンとして来征のスプリングボクスを破る快挙も遂げている。のちに外交官、ジンバブエの高等弁務官としても活躍した人物である。



 レイドローが「元祖」とはいえぬものの、おおむね、そのころに、いまでは小学生でもこなすハーフからのスピンパスはようやく出現というか発想された。さっそく模してみる少年が日本にも出現、一線級での本邦初の遣い手は、大分舞鶴高校―同志社大学の山下浩さん(7人制日本代表)とされている。たったあれだけのことを考えつき、また実践するのに、ラグビー競技の起源から何十年もかかったわけだ。モールもしかりである。ディフェンスのラインが平行から前へ飛び出す方法も、戦前の早稲田大学主将である故・川越藤一郎さんが、ルール書を熟読吟味して考案した。当時は、防御も攻撃時と同じような角度で構えるのが国際的にも常識だった。



 35年ほど前、明治大学OBで元日本代表ハーフの故・土屋英明さんは「これからのラグビーは最初の展開後はボールの近くのBKがラックに入ってFWが次の攻撃ラインをつくるようになる」と持論を述べていた。そのころ、どこかのチームが本当に実践したら、日本のラグビー史は変わっていたかもしれない。



 そういえば本稿筆者が早稲田のコーチをしていた97年ころ、あるコーチが「明治のような重量FWがラインアウトからモールを組んできたら、さっと離れて、体が触れないようにすればいい。モールにはならないはずだ」と発案した。なんとなく非現実的に思えてコーチ会議では微笑とともに流されたが、いまでは多くのチームが実際にそうする場合がある。あの会議の出席者として想像力の欠如を反省するばかりだ。すみませんでしたハマノ先輩。



 このコラムでも、新しいアイデアをひねり出してみたい。最近、よく考えるのは「体の小さな人間のオフロード」の開発である。レイドロー来日のころのジャパンの名CTB、横井章さんの十八番は現在でも通じるはずだ。すなわち、瞬間ダッシュで相手の懐めがけて飛び込み、前傾姿勢を保っての衝突寸前、上体を低くすることによって生じる両腕の周囲にできたスペースをいかしてパスをつなぐ。いま考えているのは、そこに内側からのサポートがつくに際して、同じように低い体勢で寄ったらいいのではないか、ということだ。ソニー=ビル・ウィリアムズ流のオフロードよりミスは少ないだろうから、イチかバチかの難を逃れられる。寄りは、防御システムの枠外にある。もっとも前傾しながら鋭い瞬間ダッシュをこなすには個の相当な鍛練が求められるけれど。



 モールでリップした者が、すっと空間にパスを投げて、そこへヤマハの矢富勇毅タイプのハーフが走り込む突破法はどうか。球の軌道を追いかけるようにすれば、自然に勢いがつき、ランにもパスにも変化が起きる。ラックでクラシックな「ヒールアウト」を仕掛けて、やはり鋭いランナーがかすかに転がる球を斜め後方より走りながらつかんだら、防御のタイミングは乱れはしないか。大昔の主要な戦法であった「クロスキック(WTBが外から内へキックを返し、そこへ直線的にFWがなだれ込む)」も復権しそうな気配だ。大外から内へ斜めにライナー性のキックを蹴り、そこへ反対の斜めの角度からスピードランナーが向かう。「×」の真ん中がボールをつかむポイントになる。



 なんて想像しながらラグビーを見ると、漠然とだが、まだまだ第二のスピンパスはあるような気になる。あちこちですでに書いてきたが、戦法創造、技術追求は、本来、日本のコーチやチームが得意としてきた。この国らしく、小さな共同体の中できまじめに生きる文化が、自分の所属する集団の勝利や躍進のために考え抜く態度と親和性があるからだ。他方、アングロサクソンを象徴とする「外国人指導者」は、細かいところは後回しにして実利と合理をきわめ、妄信をいましめ、ボスはボスという秩序を築き、目標達成のために妥協せず走りながら思考して、手の届きそうな獲物を確実に仕留めるところに身上がある。



 いまドロップゴールを確実に決めるための布陣と球の運びがちょっと思い浮かんだので、さらに熟考のためにこの稿を閉じます。



(文・藤島 大)


 



【筆者プロフィール】


藤島 大(ふじしま・だい)


スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。著書に『ラグビーの情景』(ベースボール・マガジン社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)、『楕円の流儀 日本ラグビーの苦難』(論創社)、『知と熱 日本ラグビーの変革者・大西鉄之祐』(文藝春秋)、『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『ラグビー特別便 1986〜1996』(スキージャーナル)などがある。また、ラグビーマガジンや東京新聞(中日新聞)、週刊現代などでコラム連載中。J SPORTSのラグビー中継でコメンテーターも務める。



 


(写真:BBM)

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