【直江光信コラム】 ゲームは誰のもの?
選手、監督が試合中や試合後、公然とレフリングを批判している場面を見るのは気持ちのいいものではない。露骨に敗戦の要因に結びつけるコメントなどを聞くと、つい「本当にそれが敗因か?」と眉をひそめたくもなる。
一方で、レフリーを不可侵の存在として神聖視する向きには反対だ。反省なきところに進歩はない。試合が終わればレフリングはいつだって精緻に検証されるべきだし、時に批判を受けることも必要だと思う。
最近、試合を見ていてレフリーの存在を大きく感じることがやけに多い。
プレーの流れにはそう影響のない(ように見える)小さな反則にことごとく笛が鳴らされる。ペナルティを宣告した後、キャプテンや対象選手を呼んで長々と注意を与えることもしばしばだ。しょっちゅうプレーが途切れ、またリスタートまでの間隔が長いから、どうしてもゲームにリズムが生まれない。スタジアム内の大型ビジョンやテレビ画面にレフリーの姿が長々と映し出されるたび、「主役はレフリー?」とつぶやきたくなる。
もちろんグラウンドから遠く離れた記者席やビデオカメラでは見分けられない反則があるのは確かだろう。ペナルティ続発で試合が壊れないよう、選手と密にコミュニケーションをとって注意を促すという意図も理解できる。それにしても最近は、勝敗が決まるとはいわないまでもレフリーの裁量で試合展開が大幅に左右されるケースが多い気がしてならない。
鍛え上げたフィットネスを武器に走り勝ちたいチームにすれば、プレーがブツ切れに途切れたり、プレー間隔が開くことでインプレー時間が削られるのは死活問題だ。残り10分からのスタミナ勝負に持ち込むためには、そこまででいかに相手の体力を消耗させられるかが焦点となる。最高のタイミングでクイックスタートを仕掛けたのに、相手に注意するために制止され、防御が整ったところでプレーを再開されたのではあまりに切ない。
かつてある大学関係者の嘆きを聞いた。
「レフリーによってはインプレーの時間が10分近く変わる(短くなる)こともある。そうなれば試合の組み立て自体が変わります。毎試合、そこまで頭に入れて準備しなければならないのは辛い」
観戦者にとってもレフリーが目立ちすぎる試合は正直興ざめだ。特にラグビーのような1プレーの持続時間が長い競技では、あまりに頻繁な笛はゲームから躍動感を奪う。ファンはあくまで両チームの息詰まる攻防や緊迫したせめぎ合いを観たいのであって、レフリーの過度な介入はそうした醍醐味をスポイルしかねない。
昨年のロンドンオリンピックでは、柔道や体操などの競技で審判と判定を巡って大きな議論が巻き起こった。より正確に、公平なジャッジを行うためという狙いはよくわかる。しかしそれによって競技そのものの魅力が失われるのでは、本末転倒だろう。
最近、ラグビーで特に違和感を感じるのはテレビジョン・マッチ・オフィシャル(TMO)の活用の仕方だ。正しくプレーを判定するための有用なツールであるのは間違いないし、せっかく使えるのだから正確を期して使うという気持ちもわからないではない。それにしても、あまりにも簡単に頼りすぎてはいまいか。
現在、日本国内の試合でTMOが導入されるのは年間に数試合だけだ。それ以外のほとんどのゲームは、その場その場でのレフリーの判断によってジャッジが決定される。それでも「TMOがあれば」と感じる場面は滅多にない。少なくとも「これくらいでTMOを使わなくてもいいのでは」と感じる機会よりは確実に少ない。
繰り返しになるが円滑なゲーム運営や正確なジャッジを行うための努力を否定するつもりはまったくない。ただ安易にそちらに傾くのは危険と感じるだけだ。観客席の多くの人がトライか否かを認識できるプレーまでTMOに委ねられれば、かえって「これくらいも見えないのか」といぶかしんでしまう。「絶対にTMOには頼らない」というくらいの覚悟で臨んだほうが、結果的にレフリング技術の向上につながるのではという気もする。
ラグビーの国際統括機関であるIRBは、’13年の新シーズンからTMOの権限をさらに拡大することを決定した。具体的にはこれまでトライライン上もしくはインゴールでのプレーだけに使用を限られていたものが、フィールド全域でのラフプレーや危険なプレー、トライの2フェーズ前までのプレーについても判断をあおげることになる。
一方でIRBのグレアム・モーリー理事は今回の決定に際し、「ゲームの継続性を妨げないため、過度にTMOに助言を求めることがないようレフリーを指導しなければならない」とも述べている。ラグビーのゲーム性が失われない形で運用されることを切に望みたい。
(文・直江光信)
【筆者プロフィール】
直江光信(なおえ・みつのぶ)
スポーツライター。1975年熊本市生まれ。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)。現在、ラグビーマガジンを中心にフリーランスの記者として活動している。
(写真:BBM)