コラム 2012.10.25

夢を見る人、見せる人。 みんなで見たいね。  田村一博(ラグビーマガジン編集長)

夢を見る人、見せる人。
みんなで見たいね。
 田村一博(ラグビーマガジン編集長)

 モテないやつが上に立つといいことない。スポーツの世界でも、職場でも同じだろう。この場合のモテる、モテないは、セコいかセコくないかと解釈してもらっていい。何となくわかるでしょ。生き方の違い。



 小学生の頃、クラスにいた20人の女子のうちの14人ほどが、その男の子にチョコをあげたそうだ。ヴァレンタインデー。女の子たちの憧れを抱えきれないほどいただいたのは岩渕健輔。現在、日本代表のGMを務める人である。
 こんなエピソードを本人が吹聴していたら、それこそモテないヤツの典型なのだが、ケニーの場合、この手の話が周囲から漏れ伝わってくる。チョコの話を教えてくれた、元同級生の女子は言った。
「中学1年のとき、地理のノートを彼に貸したことがあるんです。そうしたら、私の母が彼のおかあさんにお礼を言われたらしくて。母に、『鼻が高かったわよッ』と褒められたこと、おぼえてます(笑)」
 ラクビーが上手で、賢くて、人が好くて。そんな好漢が、日本のラグビーを牽引しているのって悪い気がしない。どこに出しても恥ずかしくない人が上に立つと夢を見られる。
 日本ラグビーは、どう変わっていくのだろう。
 ジャパンはどこまで強くなれるかな?
 夢を見させてくれる人はモテる。


 


 
 神戸製鋼。そして、今季から釜石へ。鉄人として生き続ける41歳、伊藤剛臣だ。先日、ラグビーリパブリックのトークライブにゲストとして登場してもらった。
 昨季終了後に戦力外通告を受けた話。テスト生として釜石で過ごした1週間のこと。90分近くのトークの中にはいろんな話題が出てきたが、忘れられない試合がテーマになったとき、ジャパンやスティーラーズで数々の名場面を駆け抜けてきた男は、高校時代の試合を挙げた。
「法政二高の3年生のときでした。場所は保土ヶ谷。この試合に勝てば、関東大会に出られるという神奈川県の準々決勝だった。そのときの相手、日大藤沢は評判が高く、強かったのですが、僕らが3-0で勝った。僕はLOでした。雨が降っていて、敵味方の区別がつかないほど泥んこになった。自分たちの代で花園に行けるかも…と可能性を感じた試合でした。あれ、忘れられないんスよねぇ」
 トークライブにタケオミ世代の強豪、相模台工(神奈川)出身の方がいると分かると、こんな話も出た。
「高校1年のときのこと、おぼえてます。当時、全国でも有数の強豪だったサガミダイが相手ですよ。先輩たちが、負けはしたけど3-10という試合をしたんです。花園予選、神奈川の準決勝でした。あのとき、自分がどういうチームに入ったかが分かった。花園にだって行けるんだぞ、と。夢を見させてもらった試合だったんです」



 いろんな指導者に会ってきたけれど、16歳でコーチを始めた人は初めてだった。先日、ラグビークリニック誌の『COACHING MY WAY』のページでインタビューした、キヤノンのアンディ・フレンド ヘッドコーチである。
 高校生(キャンベラ・グラマースクール)のとき、同じ学校の12歳以下のチームのコーチを買って出たアンディは、あるルールを作って子どもたちを試合に送り出したのだという。
 チームスピリットを深く理解する選手たちを育てたかった。そう思った若きコーチのアイデアはユニークだ。
「トライをした選手は直ちに交代して、代わりに、新しい選手がピッチに立つ。そんなルールを作って試合をしたことがあるんです。誰だって、自分のファーストトライは忘れられないものです。初めてのタックルもそうでしょう。その感激を、できるだけ多くの子どもたちに味わってほしかった。そして、そのときの感覚を大切に生きていく選手が多いチームを作りたかったんです」



 同じラグビークリニック誌の取材でNTTコムの林雅人監督に話を聞いたときにも、似た話があった。
 今季の第2節で、パナソニックを破るアップセットをやってのけた同チーム。試合後に監督は、全員の前で強調した。
「主将の友井川拓の2つのプレーについて話したんです。ひとつは、彼が必死に追って、トイメンのトライをインゴールの端っこにさせたプレー。もうひとつは逆で、彼のトライのときに相手側があきらめ、真ん中までもっていけた。そこで生じたコンバージョンの成功、不成功で、最終局面での相手の判断、試合結果が変わった試合だった。実はうちのチームは今季の春から、そういうところにこだわっていこうと言い続けてきました。そんな背景があったから、『ほら、僕たちが大切にしてきたことが勝負を分けただろう』と。質の悪い新興宗教じゃないけど(笑)、みんなあらためてウン、ウンと」
 同じイメージを誰もが共有しているチームには芯が通る。



 2013年にモスクワで開催されるセブンズのワールドカップ。先日、そのアジア予選がインドで行われ、7人制女子日本代表は3位ながら本大会への出場権を手にした。
 決して楽でなかった道程をどうやって乗り越えたか。首脳陣の要請を受け、大会に向けてスクラムを熱心に指導、予選突破の力のひとつとなった太田治チームディレクターに、近くで見ていて感じる同チームの長所を尋ねたら、こう返ってきた。
「いま、自分たちが置かれている環境に感謝する気持ちがとても強いですね。そして、この先、金メダルを獲る、世界一になると堂々と、誰もが言える。信じ切れていることが、力を生んでいるように思えました」
 夢を見ることってパワーが必要だけど、全員で同じ夢を見られたならパワーを生む。



 2019年のワールドカップ成功。日本ラグビーの夢である。そして、それをこの国全体の夢とできたなら、成功は約束される。


(文・田村一博)


 



【筆者プロフィール】
田村一博(たむら・かずひろ)
1964年10月21日生まれ。89年4月、株式会社ベースボール・マガジン社入社。ラグビーマガジン編集部勤務=4年、週刊ベースボール編集部勤務=4年を経て、1997年からラグビーマガジン編集長。


 


 


(写真:JRFU/アジアウィメンズセブンズチャンピオンシップで3位となり、来年モスクワで開催されるワールドカップ・セブンズ2013の出場を決めた女子7人制日本代表)

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