コラム 2012.07.12

「信じ、任せる」  直江光信(スポーツライター)

「信じ、任せる」
 直江光信(スポーツライター)

 信頼する。疑わずに任せる。言葉にすれば簡単だが、いざそれを実行しようとすると、それを成し遂げるのが容易ではないことに気づく。福島第一原発事故後の政府や関係機関、東京電力の対応など見ていると、つくづくそう思う。
 スポーツの世界に限ったことではないが、この「信じ、任せる」は、しばしば誤った用いられ方をする。
「任せる」といえば聞こえはいいが、任せた後に何もしなければ、それは単なる「放任」に過ぎない。いくら優れた人間や才能ある選手でも、自分たちだけで成功を収められるほど勝負の世界は甘くはない。「ウチは自分たちで考えてやらせているから」。最近、よくそんな言葉を耳にするが、どこか「そのあとは知らん(=負けたらあいつらのせい)」というニュアンスを感じることもある。
 6月下旬、アメリカ・ソルトレイクシティーで開催された20歳以下の世界大会、ジュニア・ワールド・ラグビー・トロフィー(JWRT)を現地で取材するうち、みるみるこれらの考えが頭をよぎった。
 この大会に参加したU20日本代表には、本物の信頼関係があった。心から選手を信頼し、任せることのできるスタッフ陣がいて、その信頼に応えて自立(自律)し、みずから行動できる選手たちがいた。
 昨年もチームの主軸としてJWRTを経験しているCTB布巻峻介はいった。
「去年のチームも強かったんですけど、今年はコーチ陣が本当に僕らのことを信頼してくれるので、選手は覚悟を決めて戦える。覚悟を決めて待ってくれたコーチのおかげです」
 2月上旬、約50人のスコッドで最初のセッションを行った時から、中竹竜二監督は自身の哲学である「選手が自分たちで考え、自分たちで勝つこと」をテーマに掲げ、チーム作りに着手した。
 大枠の戦術、戦略やチームの方向性は示すものの、実際の練習ではコーチの介入は最小限にとどめた。グラウンド以外の私生活でも何かを強制的にやらせることはせず、あくまで選手の自主性に任せるスタンスを貫いた。
 ただし、単に放っていたわけではなかった。
 2週間に1度のペースで行われる強化合宿では、選手一人ひとりの課題を編集したDVDを作成して宿題を渡し、自分のチームに戻っている期間には電話やメールで課題克服をサポートした。アメリカ入り後は中竹監督、遠藤哲FWコーチ、中瀬真広BKコーチの3人で毎日全選手と個別に面談を行い、密にコミュニケーションをとることで信頼関係を強化していった。こうした地道な取り組みによって、最初は任せられることに戸惑いもあった選手たちが、徐々に自分たちで考え、行動できる大人のチームへと成熟していったのだ。
 もちろんJWRTはいい組織作りを競う大会ではない。求められるのはあくまで結果だ。世界のトップ12国で構成される上位大会のジュニア・ワールド・チャンピオンシップ昇格を果たすため、今大会でU20ジャパンに課せられた使命はただひとつ、「優勝」だった。それを果たせなかったのだから、今回のキャンペーンを成功だったとは絶対にいえない。
 それでも、今回のU20ジャパンが本物のチームになり、持てる力を出し切ったのは確かだ。アメリカとの決勝はケガなどの不運もあって惜敗したが、4点ビハインドのロスタイムにトライラインまで1メートルと迫るなど、悲願成就にあと一歩のところまでは肉薄していた。
 最後に、アメリカ戦を翌日に控えた練習の終盤、かたわらで見守っていたあるスタッフのつぶやきを紹介したい。
「もう我々がいうことはなにもありません。彼らを信じ続けたコーチ陣は本当にすごい。よくここまで我慢しました」
 清々しい表情がかえってそこにいたるまでの苦難を表しているようで、たまらない気持ちになった。


 


(文・写真/直江光信)


 


 


【筆者プロフィール】


直江光信(なおえ・みつのぶ)
スポーツライター。1975年熊本市生まれ。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。著書に「早稲田ラグビー 進化への闘争」(講談社)。現在、ラグビーマガジンを中心にフリーランスの記者として活動している。

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