国内 2023.05.24

最高の有言実行。クボタスピアーズ船橋・東京ベイ、前川泰慶チームディレクター

[ 多羅正崇 ]
最高の有言実行。クボタスピアーズ船橋・東京ベイ、前川泰慶チームディレクター
涙と笑いが止まらなかった前川さん。(撮影/多羅正崇)



 拭っても拭っても、止まらなかった。リーグ初優勝をピッチ外で見届けたクボタスピアーズ船橋・東京ベイの前川泰慶チームディレクター(TD)は、優勝決定の瞬間からずっと、服の袖、襟元で、溢れるものを拭っていた。

 リーグワン決勝戦の舞台に立った根塚洸雅、木田晴斗の両WTBなど、数々の有望選手をチームに呼び寄せた敏腕リクルーターだ。

 奈良県出身。現在もリクルートに携わる同志社大学の元キャプテンは、2008年入団のスピアーズで下部リーグを2季経験。2016年の現役引退後、2018年から採用へ。そして2023年、国立競技場で「現実じゃないみたい」という光景を目の当たりにした。

 涙の理由を訊ねた。

「現役時代は、勝てなかった時期の方が長かったように思います。あまり良い思いができずに退団したOB、スタッフもたくさんいたので。そこを考えたりしていたら、ですね」

 辛かった時期はいつですかと訊ねた。柔らかい笑みを浮かべつつも、しみじみ答えた。

「やっぱり2部(トップイーストDiv.1)にいた時ですかね・・・。1年で上がれず、2年いましたから」

 スピアーズは2011年度から2季、下位の地域リーグ「トップイースト」を経験している。

 トップイースト1年目の2011年度、スピアーズは再昇格を掴みかけていた。しかし自動昇格を争っていた九州電力が、キヤノン相手に4トライ+39得点以上の昇格条件をクリアする番狂わせ。目の前で自動昇格がするりとこぼれ落ち、入替戦に回って、NTTドコモと激突した。

 迎えたNTTドコモとの入替戦。

 先発フロントローは10年在籍したPR手塚洋成、主将経験者のHO荻原要、2年目のPR佐藤雄介だった。現アシスタントコーチの今野達朗キャプテンとロックコンビを組んだのは、日生学園第二高−国士舘大学出身の鈴木康太。元豪州代表のFLヒュー・マクメニマン。元主将でコーチも務めたFL鈴木力、2020年の退団まで突進を繰り返したNO8四至本侑城。

 元韓国代表のSH李明根とのハーフ団は、レフティーのSO森脇秀幸。センター陣はサモア代表HCになったセイララ・マプスア、13年在籍したオツコロ カトニ。バックスリーは9年プレーしたWTB根岸康弘、8年在籍したWTB阿部博典、10年在籍のFB伊藤有司。

 リザーブには、のちに主将となる立川直道(現主将・理道の兄)、現事業運営マネージャーの柴原英孝らもいた。

 しかし2012年3月3日。花園ラグビー場で味わったのは、痛恨の惜敗だった。NTTドコモ、NO8箕内拓郎の逆転トライに沈み、戸田京介レフリーの笛でノーサイド。2点差で、トップイースト残留が決定してしまった。

 この衝撃的な敗戦を観客席で見届けていた、次年度入団予定の大学生がいた。

 11年後、主将としてスピアーズをリーグ初優勝に導くことになる天理大学4年のSO立川理道である。

「花園に一人で観に行っていました。負けてしまったと思いましたが、自動昇格を逃した時点で、吹っ切れていました。あとは自分次第だなと」(立川理道)

 そして立川理道は大学同期のSH井上大介、FL/LO田村玲一、そしてPR株木貴幸(立正大学)、LO新関世志輝(日本体育大学)、WTB/FB天坂裕也(東海大学)と入団。スピアーズは同年度、トップリーグに返り咲くのだった。

 ジャパンラグビーリーグワン2022−23の王者を決める決勝戦。その後半27分から途中出場し、国立競技場での日本一をピッチで味わったのがPR加藤一希だ。

 前所属の宗像サニックスが休部となり、一度はラグビーを諦めかけた。そんな自分を誘ってくれた前川TDを「命の恩人」と表現した。

「サニックスでロックをやっていた頃に一度対戦したことがあって、その時のことを覚えてくれていたようです。前川さんがいなかったらラグビーを辞めていたと思います。感謝しかないです」(PR加藤)

 優勝決定後、「勝手に涙が出ていた」というPR加藤と前川TDは抱き合い、また2人は顔をクシャクシャにした。

 長かったですね。

 前川TDは優勝決定後、かつて自身を誘ってくれたという荻窪宏樹アドバイザーと、そんな会話を交わした。

 勧誘の歴史は、夢を語った歴史でもある。立川理道らは現GMの石川充さんが中心になって誘った。決勝にも先発した偉丈夫、LO青木祐樹らは選手・コーチで20年在籍した佐川聡さんがリクルート。1978年度の創部から続けてきたリレー。それが2023年5月20日、国立競技場で、夢物語ではなくなった。

「根塚も木田も、みんなそうですが、『一緒に日本一になろう』と伝えてきました。日本一になったことはないけど、本当に日本一になりたいと思っている、と。(日本一を達成して)ホッとしたところが大きいです」(前川TD)

 スピアーズを支えてきた、支えている全員で達成した、最高の有言実行だった。


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