【コラム】レガシーのそれから。ハカが超えた2年半
「スピードよくボールをもらうには、どうしたらいいですか」
がっちり体型の6年生、津崎夢篤君はセッションが終わったあとに残って、SHのフィンレー・クリスティー、WTBケイリブ・クラークに尋ねた。きょうのテストマッチで先発も務める二人が丁寧に教えてくれたのは「はやくスタートして、走り込んでもらうこと」。いつもコーチが言っていることと同じだ。それが少年たちの胸に響いた。
10月23日、浦安D-Rocksのホームでおこなわれたクリニックは、笑顔と驚きでいっぱいだった。『オールブラックスラグビークリニック presented by リポビタンD』。前の日に来日したばかりのオールブラックスから8選手が、千葉県内の小中学生100人の前に現れた。本物だ。SNSやメディアの住人だった選手たちはみんな、優しくて大きくて、ものすごく上手かった。
強面にも見えるHOデイン・コールズは、ある子がメニューのキック練習の合間に頭の上からボールを投げるのを見つけると目尻がいっそう下がった。「いつも投げてる?」「ポジションは?」「そう、実は俺もHOだ」(知ってます)「うまいな。もう1回、ここに」…。しばし、スローイング教室が始まった。速い球を見せようと前のめりなスクール生、オールブラックは頭の上から「シュルッ」と摩擦音を響かせて山なりのボールを返す。キャップ84のスローイングは、銃身の長いライフルのようだった。飛び出す軌道がずっと変わらない。将来のジャパン君は、いつかデインが投げた時の音を思い出すかもしれない。
各国でクリニックを選手たちの献身はいつも変わらないに違いないが、高かった彼らのテンションの一部は、オープニングのハカの興奮が占めていたに違いない。選手でなくて、ハカを舞ったのは小学生たちだ。
柏ラグビースクールの子はハカができる。チームと柏市に特有のハカを、ワールドカップ2019年大会のレガシーとして引き継いでいる。
静寂。
「ターリンガァ……ファカロンゴォオオ、キャリテキャリテ、キャマ!!」
ヒイイイイ!!
60人の小学生が舌を押し出し、一斉に雄叫びを上げる。みんな両足をこれでもかと踏ん張って、キャプテンはこん棒を振りかざしてリードする。
大地と一つになさしめ給う
鼓動する柏の大地よ
今がその時、その瞬間
興奮を抑えられない呼気が時折、奇声となって周囲に飛び散る。目はもう空の向こうのどこかを見つめている。ゾーンに入ったスクール生たち。その前に並ぶ選手たちの背中が伸びた。神妙な面持ちでハカを受け止め始めた。
ハカは2019年春にその種が柏市に蒔かれた。柏市と親交のあったオークランド在住のカール・ポキノさんによるものだ。マオリの血を引き継ぐポキノさんはラグビーの指導で柏に来た。来日時に子どもたちのニュージーランド国歌で歓迎を受け、お返しにカマテをその場で舞った。「俺が、柏のハカを作る」。いったん帰国して戻った7月には美しい歌詞と堂々たる舞が、柏神社に奉納された(7月14日)。柏市はワールドカップ事前キャンプでオールブラックスを受け入れることが決まっていた。
ポキノさんは自分が国歌で歓迎された感激から、ぜひ自国の代表チームを独自の演舞で迎えてやってほしい、と願ってハカを作ることを決めた。帰国中は奔走していた。言葉と舞の構成ができると、そのハカを地元でオーソライズ、公に認められたものにする手続きもおこなった。神社への奉納をもって、その魂がかの地から、柏の大地に降りた。
校長の吉田意人さんはハカが柏に来てすぐの頃を懐かしく思い出し笑う。
「ポキノさんが持ってきてくれてから、披露までは確か2週間しかなかった。まずは周りに教えるために、私たち大人数人が特訓したんです。必死でした」
大会が終わり、その熱と入れ換わるようにコロナ禍の重い時間が始まった。ここ2年以上、大勢で集まり声を上げる営みは人目が憚られるものになった。それでも、ハカはスクールにとって大切なものであり続けた。内輪の節目節目には、注意を払って舞われてきた。すべては、ラグビーそのものに重なる。
「また、こういう形で、ポキノさんとニュージーランドが与えてくれたハカを、オールブラックスの歓迎に生かしてもらえるのは、本当にうれしい」