コラム 2013.12.26

コンバート。  藤島 大(スポーツライター)

コンバート。
 藤島 大(スポーツライター)

 ラグビーのポジションは、案外、深い考察を経ないで決まる。約20年前、コーチをしていた国立高校ラグビー部で入部ほどない1年生に「どのポジションを希望するか記すべし。ひいては、その理由を述べよ」と課題を与え文章で提出してもらった。一番人気はスタンドオフ。次がフッカーだった記憶がある。中学までのラグビー経験者は皆無だから予備知識なしの素直な感覚である。

 スタンドオフはわかる。「僕がラグビーをしたいと思ったのはハイパントが高々と空を舞うところに爽快感を覚えたから」。そんな一文を覚えている。フッカーの意外な人気は、どうやら隊列の配置にあった。「2番はいつも先頭にいるように見える」。そんな理由があって、なるほど、長くラグビーに接しているとそんな新鮮な感受性をなくすなあ、と少し幸せになった。

 今季の早稲田大学の背番号11、深津健吾は、もともとナンバー8だった。3年になってからのポジション変更、それもFWからWTBへ移るのは珍しいはずだ。いまのところ転向は当たっているように映る。迷いなく切れ味がありボール保持に優れたフィニッシャーの存在は随所に効いている。同ラグビー部のホームページの本人のコメントを引くと「ある日突然メンバーボードで8番のところから11番に移動していました」(『早稲田スポーツ』特集)。すなわち指導者の観察と熟考でなされた転向という事実がわかる。

 同じチームの7番、布巻峻介の場合は、同世代筆頭格のCTBが、あえて自身の希望で、やはり3年のシーズンからボール奪取最前線へ身を投じた。対明治大学、トライラインを背にしながらの防御に危なげなかったのは、そのターンオーバーの技術、身体の強靭、タフな精神があったからだ。こちらも指導側が資質を考えて実現した。

 慶應大学の背番号12、石橋拓也も同様の例であり、今季、フランカーから転じている。こちらも簡潔な仕掛けでよく前へ出て、ミスの生じにくいアタックを構成、相手への脅威となりえている。守っても強いヒットは大試合の流れを変える可能性を秘める。成功と評して間違いではあるまい。

 本稿で述べたいのは、選手のことではなく、選手を観察、凝視する指導者についてである。上記の3選手を紹介したのは、入学後の早い段階ではなく、いずれも3年時からのポジション転向だからだ。監督およびコーチ(以下、コーチ)がしつこく、その人のよさを追いかけて、関心を寄せ、チームのよき編成とぶつけた結果が一定の成果を挙げつつある。そう。コーチはもっともっと選手を、部員を、構うべきなのだ。

 ここでは全国4強大学の公式戦出場を果たしている「3年からの転向者」に触れている。でも、本当の問題は、全国のあらゆるチームでレギュラーに届かぬ才能が「転向していないこと」にあるのかもしれない。無垢な高校生が直感でポジションを選ぶ。部員の少ないチームが「事情」で配置を決める。それはそれで微笑ましいが、およそコーチたる者、どんな時でも、そこにいる人間ひとりずつの幸福を追い求めなくては申し訳ない。ポジションの適性を考え続ける者だけがポジションごとのレギュラーを決定する資格を持つのだ。

 年末、ふと以上を書きたくなったのは、現時点で4校を残してシーズンを終えた大学の試合場でブレザー姿のあまた控え部員の横を通ると、しばしば、立派な骨格、悪くない面構えをした無名戦士の「いまのところ発掘されるにいたらぬ潜在力」を感じるからだ。シーズンオフを迎えて、コーチたちはいまいちど、自分の指導する者たちの最もよいところを思い浮かべて、最適のポジションを想像してもらいたい。

 筆者は、未経験で入った高校ラグビー部でロックを希望した。中学時代、テレビ中継でフランスの4番が十字を切ってキックオフになだれこむ姿にあこがれたのだ。「ダメ。お前はサッカー出身でキックが蹴れそうだからバックス」。おっかない先輩に拒まれた。そのまま大学でも陣地後方に位置して補欠暮らしに終わる。社会へ出てクラブに入り、さっそく練習試合でロックを志願したのは言うまでもない。念願のキックオフ。空中戦で一直線に相手と激突、ボールがはじける。「お前、こわくないの。すごいな」。チーム仲間にほめられた。「しまった。やっぱりロックをしておくべきだった」。自分の身長が175?であるのを忘れて心の底から後悔した。

【筆者プロフィール】
藤島 大(ふじしま・だい)
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。著書に『ラグビーの情景』(ベースボール・マガジン社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)、『楕円の流儀 日本ラグビーの苦難』(論創社)、『知と熱 日本ラグビーの変革者・大西鉄之祐』(文藝春秋)、『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『ラグビー特別便 1986〜1996』(スキージャーナル)などがある。また、ラグビーマガジンや東京新聞(中日新聞)、週刊現代などでコラム連載中。J SPORTSのラグビー中継でコメンテーターも務める。

(写真:早稲田大のWTB深津健吾/撮影:松本かおり)

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