コラム 2022.03.01

【ラグリパWest】フルタイム2年目。羽根田智也 [龍谷大コーチ]

[ 鎮 勝也 ]
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【ラグリパWest】フルタイム2年目。羽根田智也 [龍谷大コーチ]
龍谷大復活の先頭に立つOBの羽根田智也コーチ。かつての強豪・ワールドでの現役時代には、力強いロックとして日本代表キャップを得た。



 似ている人=赤井英和。

 今は俳優。出だしは世界の頂点を狙うボクサーだった。その格闘的なところも羽根田智也(はねだ・ともや)は備えている。

 大学時代、龍谷のラグビー部でロックとして力強さを磨いた。社会人で日本代表に選ばれる。キャップはひとつ。そして、指導者として京都の母校に戻る。52歳になった。

 唯一のフルタイムのコーチとして2年目を迎える。部長兼監督の原田太津男(たつお)は経済学部教授、総監督の藤谷徹は京都・神川中の教頭。羽根田にかかる比重は大きい。

「自分にとってはチャレンジですが、コーチをさせてもらってよかったです」
 笑うと細い目は線になり、顔全体が崩れる。そこも赤井英和に似る。円陣では頭ひとつは出ている。現役時代は188センチ、103キロ。今でもチームで一番の大きさがある。

 フルタイムの前はパートタイムで1年を過ごした。昨年1月、ワールドを退社する。大学を卒業して勤めたアパレル企業は強豪ラグビー部を持っていた。神戸の会社へは大阪の実家から通っていた。フルタイムが決まり、京都に移り住む。前のめりだ。

「リューダイ」は現在、関西二部のBリーグにいる。昨年、早くも強さ増しを感じたのは立命GMの高見澤篤である。
「ボールキャリアーが倒れても、バンバーンって感じで瞬時に2人目が来てクリーンアウトする。あれは羽根田さんの教えだろう」
 6月の春季トーナメントは20−17。格上Aリーグの立命はなんとかうっちゃった。

 半年後、師走の入替戦は摂南に29−69。後半18分、14点差でペナルティー・キックのタッチがインゴールを超えてしまう。
「あのキックがちゃんとタッチに出て、7点差になれば、ウチは危なかった」
 とは摂南の関係者。龍谷は16分前、ラインアウトモールでトライを挙げていた。

「それはポテンシャルが高い学生たちが4年間頑張った結果です。メンバーの4年生たちは1年の頃からレギュラーでしたから」
 羽根田は自分の手柄にしない。ラグビー部の運営が学生主体ということもある。
「練習メニューも学生が決めます。課題を克服してチームを創り上げます」
 自分が選手だった頃もそうだった。

 出身は大阪の関西大倉。高2の時、ラグビーの授業があった。教員で監督の佐藤秀記は入部を誘う。そして龍谷に進む。
「当時はBリーグでしたが、自分の2つ上くらいからスポーツ推薦が始まりました」
 1987年の入学から3年続けて入替戦に出た。3年時には24−4で立命を降し、Aリーグに初昇格する。1929年(昭和4)の創部から60年を経ていた。

「あの頃は自由でむちゃくちゃ楽しかった。サークルのような感じでした。練習に行きたくない、なんて考えたことがなかった。オフも早く終わってほしい、と思ったものです」

 監督はいたものの学生の自主運営はよい方向に出る。4年時、初のAリーグは4位に入る。3勝3敗1分。黒星は喫したが、同志社には12−16、大阪体育には6−10とリーグ戦の優勝経験がある相手に健闘した。

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