つかんだ自信と財産 松田力也が振り返る日本代表対オーストラリア代表戦
松田力也は10月23日、日本代表の登録選手で誰よりも早くグラウンドに出た。
軽いランニングの後に腹筋、腰回り、股関節へ刺激を入れ、藤井雄一郎ナショナルチームディレクターを相手に鋭い弾道のキックパスの練習をする。プレースキックの感触も確かめ、キックオフを待つ。
10月23日、昭和電工ドーム大分。ワールドカップ2019日本大会以来2年ぶりとなるラグビーの国内代表戦で、先発SOを任された。司令塔として、世界ランクで7つ上のオーストラリア代表に挑む。
「いいメンタルで、楽しむことを第一にチームをコントロールしようと思っていました」
27歳の松田が日本代表で10番をつけるのは、2018月11月24日のロシア代表戦以来だった。その前年には、今回と同じオーストラリア代表とのゲームでもSOのスターターを務めた。30-63で大敗したその日と比べ、いまは「冷静に、成長できている」と言える。
8強入りした2019年ワールドカップでは全5試合でリザーブ入りと出番こそ限られたが、今年5月までの国内トップリーグではパナソニックの正司令塔として日本一に輝く。
同学年で高校時代から日本代表候補だった山沢拓也と定位置を争いながら、防御の隙間をえぐるキックと機を見てのランで試合を引き締めていた。
オフには堀江翔太とともに、トレーナーの佐藤義人氏のもとで身体動作を見直し。ゴールキックの安定感を高めた。
準備はできていた。
「(日本代表での)先発出場がないなか、自分自身はいい準備をして待つことしかできなかった。チャンスが来ればつかめるようにという準備は、代表期間だけではなくトップリーグ期間にもしていた。チャンスが来たからには、自信を持ってプレーしようと思えました」
ジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチ体制下では、田村優がSOに入ることが多かった。今回、松田がその座につくにあたり、トニー・ブラウン アシスタントコーチは新たな役割分担を提案した。
普段はSOが蹴っていたキックオフ、ペナルティキック獲得後のタッチキックは、それぞれWTBのレメキ ロマノ ラヴァ、FBのセミシ・マシレワに託した。レメキは7人制日本代表で似た役回りをしたことがあり、マシレワは飛距離が魅力だった。
松田が担当したのは、ゴールキックと試合全体のコントロール。日本代表は、「ボール・イン・プレー(プレーが途切れていない時間)」を増やして走り勝ちたい。自陣からキックを蹴る際は、タッチラインの外へ出ない高い弾道を多用する。俊足の選手がそのボールを再獲得しにかかったり、落下地点の前に網を張ったりする。
松田は、帝京大の先輩でもあるSHの流大らとそのプランを遂行。接戦を演出した。
セットプレーで圧をかけるオーストラリア代表は、ハーフタイムまでに17得点。かたや、日本代表の攻めも際立った。
3-14と11点差を追う前半26分。赤と白のジャージィが、敵陣の左サイドで細かく継続する。10フェーズ目で右へ大きく展開。最後は松田が、大外で待つWTBのレメキへキックパスを放つ。試合前に蹴り込んだのと似た弾道だ。まもなく、トライと自身のコンバージョン成功を招いた。
簡潔な振り返りに積み重ねがにじんだ。
「スペースがあって、蹴っているので。外から呼んでいるレメキ選手のコールを信じた。いいキックを蹴ればトライを獲ってくれるというのは練習からわかっていた。やってきたこと(練習の成果)が出せたと思います」
中盤戦以降も序盤と似た展開を目指した。しかし、反則やミスから自陣深くに攻め込まれた。
後半8分からの10分間は、レメキが一時退出処分を受ける。スコアは続く10分までに13-27となり、松田は悔やんだ。
「後半、規律の部分を守っていこうとしましたが、ミスから入って相手のペースでラグビーを進めていた感じがした。もっとボールを(意図的なキックで)相手に渡していいプレッシャーをかけ続ければ、相手がミスをしてどんどん日本のペースになっていた。それができなかったのが、後半、相手のペースになった要因だと思います」
劣勢局面を打破する過程では、気持ちの切り替えが求められた。数的不利に陥ったのとほぼ同じタイミングで、マシレワが故障退場。リザーブにいた田村が登場する。松田はFBへ移った。
その約6分後、敵陣22メートル線付近左中間でペナルティゴールを得る。平時キッカーだった田村は、いったんFLのピーター・ラブスカフニからもらったボールを松田に託す。
松田はそれまで3本、決めていたゴールを外してしまう。
以後は田村が蹴るようになった。松田の述懐。
「前半は僕がキッカーをやっていたので、優さんから『いけるか?』と言ってもらえて、『いきます』と言ってキックを蹴ることになった。ただ、そこでミスをしてしまったので、その後は思い切って後から入って元気な優さんに任せる形になりました」
結局、23-32で惜敗した。一時は4点差に迫りながら、試合終了間際にだめを押された。「次は勝利に導けるようなコントロールをして、もっとアピールしたいです」と悔やむ松田だが、悲壮感はない。
「世界ランク3位のオーストラリアとやり合えて、自分たちのプレーに自信を持ってやれば戦えると感じました。勝てるところまで来ていたので、悔しい思いもあります。(後半も)前半のような戦いができていれば勝ちはあったので、ゲームコントロールのこと、改善点を含め、今後に活かしたいです」
苦い経験が未来を明るく照らすことは、いままでの生き方とこの日のゲームで証明済みだ。
11月にはアイルランド代表、ポルトガル代表、スコットランド代表と敵地でぶつかる。現地でも10番を狙う。