最高の判断で最高の景色を。パイオニア田中史朗、初のW杯決勝トーナメントへ。
日本ラグビー界を変える。そう強く思ったのは、2011年のワールドカップ(W杯)ニュージーランド大会で未勝利に終わってから。2013年には日本人初のスーパーラグビープレーヤーとなり、2015年にはW杯イングランド大会で南アフリカ代表などから歴史的3勝を挙げる。
2019年のW杯日本大会。日本代表SHの田中史朗は、この国史上初の決勝トーナメント進出を選手として達成した。10月20日には、南アフリカ代表との準々決勝に挑む(東京スタジアム)。身長166センチ、体重72キロの34歳は、これまでとこれからを語る。
「本当に最高の景色でした。時間はかかりましたけど、日本がベスト8に行くことをファンの皆さんに見ていただいたことは嬉しいことです。(勝因は)ハードワークできたこと、チームとしてまとまれたこと、自分たちのラグビーを理解できたこと。次の試合へもしっかりとした準備をしています。変えることなく、全力で戦いたいと思います」
自身3大会目となる今度のW杯では、「インパクト」と呼ばれるリザーブ組として渋く光る。試合中は出番を待つ間から、同じ控えスタートの松田力也らと両軍の状況や攻めるべきスペースなどについて意見交換。いざ芝に立てば、収集した情報と持ち前の勝負勘との合わせ技で適宜ゲームを引き締める。
9月28日のアイルランド代表戦では9-12とリードされていた後半16分に投入され、2分後には敵陣22メートルエリア右中間からの連続攻撃をリードする。力強いボールキャリアへじっくりとつなぎ、相手が反則するや左大外へ展開。福岡堅樹のトライなどで16-12と勝ち越した(静岡・エコパスタジアム/〇19-12)。
さらに10月5日のサモア代表戦では、26-12とリードしていた後半22分に登場。4トライを奪ってのボーナスポイント獲得が期待されるなか、「トライを獲る必要もありましたけど、まず勝つこと(が大事)。それ(トライ)を周りに言ってしまうと意識してしまう。わかっておいた方がいいのは僕と田村(優=SO)とリーダー陣(だけでいい)」と落ち着いていた。
点差を詰められて迎えた後半35分、キックオフ直後の敵陣中盤右の接点でLOのヘル ウヴェがターンオーバー。ここから田中は「練習でやっていることなので。皆でコミュニケーションを取っていれば焦ることもない」と着実に球をさばき、敵陣ゴール前左中間まで進めば田村の声を受け右後方へ展開する。福岡のフィニッシュで31-19と勝負を決定づけ、後半ロスタイムの得点でボーナスポイントも奪った(愛知・豊田スタジアム/〇38-19)。
スコットランド代表戦でも、一時21点リードもどんどん追い上げられるなかで「ちょっと疲れている感じはありましたけど、チームとして声を出した。『半端ない努力をしてきた。踏ん張ろう』と」。28-21とわずかに上回って迎えたラストワンプレー。自陣22メートルエリアで味方が相手ボールを奪ったのを受け、慎重にラックを連取。「時計を見ながら、ゲームを締める。そう意識しました」。逃げ切った。
一部の記者に「田中選手が入るとテンポが速くなるような」と聞かれれば、「もっと速くできればいいんですけど、僕自身が速くないので」と苦笑。裏を返せば、身体能力だけに頼らず4連勝している。
「僕たちインパクト組は相手の弱点、スペースを見たりしている。そこは自分たちで判断しています」
準々決勝の南アフリカ代表戦でも、これまでの4試合に続いて背番号21をつける。大会後について「日本代表の強化はこのまま継続していただきたいですし、僕たちW杯に参加したプレーヤーが子どもたちと接する機会を増やしていただきたい。あとは日本のコーチング、レフリングなど、全てにおいてトップレベルでできるような環境を整えて欲しいです」としながら、いまは今度の決戦だけを見据えていよう。
「ジェイミー(・ジョセフ ヘッドコーチ)には試合前に熱い言葉をかけていただきますけど、それ以前にリーチ(マイケル主将)を筆頭に、リーダー陣が選手だけで(気持ちを)上げれるようにもしていて、そこにジェーミーがエッセンスを加えるようにしています。最高の状態で準備ができている」
選手主体で勝負に集中する意識は、田中が日本代表でずっと求めてきたことでもあった。過去優勝2回の強国に、田中が「最高の状態」と太鼓判を押す開催国が挑む。