国内
2016.11.07
慶大の準備、明大の覚醒、「あの3点」の背景…。証言で振り返る慶明戦。
明大は後半、追い上げる。5点差を追うラストワンプレー。相手のキックオフを確保するや、最後の攻撃を仕掛ける。
「外側にスペースがありすぎるかな、慶大もばててきているのかな、という印象はありました」
言葉を選びつつこう振り返るのは、3年にしてゲームリーダーを任されていたCTB梶村祐介だ。敵陣中盤へ進むと、接点周辺でFWがラックを連取。じり、じり、と前に出て、右へ展開する。WTB渡部寛太がスペースを破り、22メートルエリア右中間まで進む。
今度は左へパスを振る。SO松尾将太郎が突っ込んだ先で、慶大が反則を犯す。明大はさらに、スクラムから攻め続ける。
ロスタイムが長くなった。後半51分。それ以前から反則を重ねていた慶大が、ゴール前で「故意のオフサイド」を判定される。ペナルティートライ。アドバンテージを受けてボールを継続していた明大は、その笛を聞き、スコアを自覚した。コンバージョン成功で、31−29と勝ち越した。
慶大の面々は、呆然自失。NO8の鈴木達哉主将はただただ悔やんだ。
「前半はプラン通りに圧力をかけられたのですが、後半、明大さんの前に出る勢いに屈してしまったのだと思います」
関東大学ラグビー対抗戦Aにあって有数のクラシコに、慶大と明大との慶明戦がある。今季は11月6日、東京・秩父宮ラグビー場でおこなわれ、劇的な試合展開でファンを沸かせた。後半28分に退いたSH兵頭水軍ゲーム主将は、笑顔である。
「選手が成長できたと実感しています」
前半は慶大がリードした。キックオフでは蹴り始める瞬間、球を追う選手の並び位置を左から右へ変更。振り子のように球を回す攻撃陣形で数的優位を作り、グラウンド中盤の密集の脇を果敢にこじ開ける。用意されたプレーで敵陣に居座った。
8分には22メートル線付近中央のスクラムから、右へ展開。パスをもらったFB丹治辰碩が、CTB梶村と1対1の勝負をする。まずは直進し、一転、大外へ走路を膨らませる。スピードに乗ってインゴールを割った。5−0。梶村は脱帽する。
「あれは…シンプルに抜かれました。彼のスピードは注意をしていたのですが、思っていた以上のきれがありました」
梶村は前半、アウトサイドCTBに入っていた。自分がボールをもらった頃には、目の前に多くの防御が群がっていた。大外に立つ新人エースのWTB山村知也のことも警戒してか、慶大は外側のタックラーは果敢にせり上がっていた。
攻守とも接点で鋭さを示した慶大は、前半39分頃、自陣10メートルエリア左で仕掛ける。LOの佐藤大樹とFLの廣川翔也が、ラックへ頭をねじ込む。足をかく。ターンオーバー。以後、慶大は自前の攻撃システムで球を回し、SOの古田京がトライとコンバージョンを奪う。22−0。
「ブレイクダウンで仕掛けられた。自分でもプレッシャーをかけようとは思っていて、やりたいようにできた」
起点となった攻守逆転シーンを「覚えていない」と笑う佐藤だったが、前半の手応えをかように分析する。かたや明大の梶村は、苦しんだ展開をこう見ていた。
「慶大はワイド(大外)ブレイクダウン(接点)がハード。明大はブレイクダウンで劣勢だった」
明大の丹羽政彦監督は後半19分、インサイドCTBに入っていた鶴田馨に代えて尾又寛汰を投入。ここから尾又がアウトサイドCTBに入り、梶村はインサイドに回る。
「僕自身、久々に13番(アウトサイドCTB)をしていた。前半は正直、BKラインが機能していなかった。尾又さんが入ってから、ボールを動かせたかな、と」
ここから明大は縦、縦と鋭い仕掛けを繰り出すようになる。かたや慶大の佐藤はこうだ。
「後半、明大のブレイクダウンの意識が変わってしまった。前半に行けていたブレイクダウンが、行かれてしまった。そうして明大の攻める時間が増えた。もっと仕掛けたかったけど、疲れてできなかったのが反省かな…と。1人ひとりが戦わなきゃいけないところが、甘くなった」
明大は27分、敵陣ゴール前右のラインアウトからFWがボールキープしたのち、BKにつなぐ。インゴールを割る。梶村のラストパスへ走り込んだのは、尾又だった。せり上がる防御の背後に、首尾よく抜けだした。14−29。
「流れを変えるのがリザーブの役割。前半、慶大のディフェンスの出方を眺めていた。『後半、こうしよう』というのがあったので…」
28分、兵頭が退いてSHの福田健太が登場する。ここから実質的にゲーム主将を務めた梶村は、35分、同級生の助言である決断を下す。
15点差を追っていたこの時、敵陣ゴール前中央でペナルティーキックを得ていた。2トライ、2ゴールで得られるのは14点と、逆転には届かない…。そんな点数計算を、WTBの渡部が梶村に耳打ち。ペナルティーゴールで着実に3点を奪い、わずかな時間で12点差をひっくり返そうとした。17−29。梶村の証言。
「寛太君が僕たちに教えてくれたので…。まず、3点を。結果、それでよかったですね」
選択を正解に導いたのは、明大の自陣からのアタックだった。39分、徹底マークされていた前半も球を持てば前進していた山村が、約50メートルの独走トライを決める。左タッチライン際からインゴール中央を陥れ、コンバージョン成功と相まって24−29と迫る。
「あいつのなかでは自分の仕事をしたという感じだと思いますが、こちらとしては心強い」
4年生の尾又がこう感嘆するルーキーの働きの向こう側に、あの瞬間があった。
かたや慶大は、疲労の蓄積と度重なる反則で白星を逃した。
件の場面。接点で後退する分、その周りの選手の立ち位置が「境界線より前」と見なされやすくなっていたか。佐藤は「ブレイクダウンで仕掛けられなくなると、オフサイドを取られてしまう」と、空を眺めていた。
(文:向 風見也)