心の底から笑い、走った。トシさん、フミ、ハタケが熊本の小学校へ。
辛いこと。こわかったこと。そして不安。短い時間だったけれど、それらを忘れる時間になった。子どもたちは大声で話し、笑った。
男子児童に大人気だったのはハタケだ。大きな体で触れ合った。
トシさんはみんなに気さくに話しかけ、熊本の地でもアニキだった。
女子児童に囲まれたフミは、小さな体がその中に埋もれていた。終始にこにこだった。
4月中旬に大地震に見舞われた熊本。同県内中でも、特に大きな揺れに襲われ、被害を受けたのが益城町だ。6月1日、その被災地を、昨年のワールドカップで日本代表を支えた3人が訪れた。益城中央小学校の子どもたちとラグビーを通じて触れ合った廣瀬俊朗 日本ラグビーフットボール選手会会長・代表理事(東芝)、田中史朗(ハイランダーズ/パナソニック)、畠山健介(ニューカッスル・ファルコンズ/サントリー)は、ずーっと笑顔だった。地震から1か月が経ち、復興に向かっての長い道を歩き始めた同地で暮らす子どもたちの表情を見て少し安心したからだ。
被災地の情報を知るたびに「なにかできることはないか」と思い続けてきて、この日の訪問を実現した廣瀬選手会会長。田中と畠山は大地震のニュースをそれぞれニュージーランド、イングランドで知り、心をいためていたから帰国後に行動に移した。日本代表での活動のためにハイランダーズから離れた田中は前日の朝にニュージーランドを発ち、夕刻に帰国。すぐに九州へ向かった。
田中は熊本空港から現地へ向かう車中から大きな被害を受けた町の姿を見て、「ここでラグビーをやっていいのだろうか」という思いが湧いた。
「でも子どもたちと触れ合い、笑顔を見て、安心しました」
3人は「自分たちも(子どもたちから)元気をもらいました」と言った。
午前中に5年生の授業に参加し、子どもたちと一緒に給食を食べた。午後の6年生の授業を終えると、3人は地元テレビ局(KKTくまもと県民テレビ)へ向かい、夕刻の人気情報番組『テレビタミン』に生出演。いろんな言葉と行動で熊本の人々を勇気づけ、ラグビーの魅力を広めた一日だった。
益城中央小の校庭でラグビーボールを使ってみんなと遊ぶ前、子どもたちにメッセージを伝える時間があった。3人はそれぞれの思いを、それぞれのスタイルで表現した。
廣瀬選手会会長はラグビーを始めた頃の話をして、「(ラグビースクールに行く)日曜日の朝が嫌だった」と言った。
「テレビでアニメとかを見たかったんだよね、最初は。でも、次第にラグビーが好きになって、ワールドカップにも行けた。最初はみんなと同じだったけど、夢を見て、それを実現したいと強く思ったら、そうなった」
将来の自分を描き、信じる。そんな気持ちの大切さを優しく語りかけた。
「みんなに会いたくて来ました」と言った田中は、ワールドカップで南アフリカに勝ったときの感激を「嬉しすぎて涙が出て、何も覚えていない」と話しながら目を潤ませ、誰かのために戦う力について話した。
「小さいので、大きな相手にタックルしなければいけないときはこわいときもあります。でも、日本のため、日本のラグビーのために、と思って戦えば逃げることなんかできない。みんなにも大事な人たちがいるよね」
畠山の明るさは、子どもたちに大人気だった。
「子どもの頃は勉強ダメ、太っていて足は遅く、ほめられたことなんてありませんでした。でもラグビーをやったら、コーチに初めてほめられた。それが嬉しくて、もっとうまくなりたい、と思ったのが僕の原点です。フミさんは誰かのために…と言いましたが、僕の場合は自分が勝ちたい、あんな選手になりたい、と思うことでうまくなれた。(つまりラグビーや人生に)正解はない。自分が正しいと思うことを信じてやってくだい」
子どもたちの瞳は輝いていた。
5月31日の日本ラグビーフットボール選手会設立の記者会見で「できることからやっていきたい」と話した廣瀬会長は、熊本の現実を目の当たりにして、新たにやれることも見えてきたようだった。選手会として継続的な支援活動を続けていきたいと話した。
子どもたちがラグビーボールを手に走り回る姿を見つめた益城中央小学校の廣瀬誠一郎校長は、「子どもたちが心の底から笑い、楽しんでいることが伝わって来ました」と目を細めた。またこの日の体験を通し、もともとラグビーに興味を持っていたひとりの児童に、将来はラグビー選手になりたい気持ちが芽生えたことも教えてくれた。