豪華OBが集結! 関東学院大学・春口廣元監督の喜寿を祝う会を開催
横浜の一角に建つ横浜ベイシェラトンホテル&タワーズ。開港地横浜ならではの和と洋が織り交ざる宴会場に、時代を超えたチームが集結した。関東学院大学ラグビー部を1974年から2007年まで33年間にわたって率いた名将・春口元監督の喜寿を祝う「春口廣先生喜寿お祝いの会」。地元横浜での開催とあって、駆け付けた卒業生、関係者は約250名にのぼった。
会場に足を踏み入れると、そこかしこで交わされるのは「久しぶりだな」「変わらないな」という懐かしい声。元日本代表の松田努氏(元東芝ブレイブルーパス)や箕内拓郎氏(元レッドハリケーンズ大阪)、立川剛士氏(元東芝ブレイブルーパス)、淵上宗志氏(元コカ・コーラウエスト)、北川俊澄氏(元日野レッドドルフィンズ)、山村亮氏(元静岡ブルーレヴズ)、有賀剛氏(元サントリーサンゴリアス)、北川智規氏(元埼玉パナソニックワイルドナイツ)らそうそうたる顔ぶれが一堂に会し、学生時代に戻ったような笑顔があふれた。
【8人からの船出】
1974年に春口元監督が関東学大に赴任した当時、部員はわずか8人だった。所属リーグは3部。決して恵まれた環境ではなかった。しかしこの逆境こそが名将の反骨精神に火をつけた。強豪校にはない武器を、春口流でひとつずつ積み上げていく。
「自主性」「厳しすぎない上下関係」「展開ラグビー」
春口元監督はこの3つを軸に、学生たちをじっくりと育て上げた。就任5年目の1977年度に3部リーグで6戦全勝の優勝を果たして2部昇格を決めると、10年目の1983年度には初めて1部リーグの舞台で戦い、1990年度にリーグ戦初優勝と大学選手権初出場を同時に果たした。以降、関東学大は大学選手権の常連校へと駆け上がっていった。
【雪の決勝】
それでも伝統校の壁は厚く、初優勝までにはさらに7年の歳月を要した。挑み続けて8年目を迎えた大学選手権初の決勝(1998年1月10日)。前日から降り続いた大雪を試合前にゲームメンバー以外の部員たちがグラウンドに立って除雪をしたという逸話は今も語り草だ。決勝の相手は選手権3連覇を狙う絶対王者・明治大。FW主体の明治に対し、関東学大はFW、BKが一体となってグラウンドを縦横無尽に駆け抜ける「展開ラグビー」と「強烈なタックル」で挑み、悲願の大学日本一を掴み取った。
これが、関東学大黄金時代の幕開けだった。1997年度の初優勝以降、1998年度、2000年度、2001年度、2003年度、2006年度と大学選手権を制し、通算6度の栄冠に輝く。まさに“関東学院の時代”を築いた10年間だった。
【懐かしの実況、そしてEnjoy!】
この日、会の司会を務めたのは、幾度となく関東学大の試合中継を担当した元tvkアナウンサーの吉井祥博氏。その落ち着いた進行に、会場の卒業生たちも当時の記憶が呼び覚まされたに違いない。
乾杯の挨拶に立ったのは、就任10年目の1部昇格の立役者であり、公私にわたって今も春口元監督と親交の深い桜井勝則氏(元監督)。乾杯の発声のあとに続いたのは、春口元監督の教えである「Enjoy!」。会場全体がその掛け声で応え、宴は華やかに幕を開けた。

主賓である春口元監督自身も、席に留まることなく卒業生たちのもとへ自ら歩み寄っていった。就任初年度の主将・松村照光氏や、現OB会長を務める河西和行氏らと肩を並べ、昔話に花を咲かせるその表情は、現役時代の厳しさが嘘のように穏やかだった。
【宿敵・清宮克幸氏登壇で最高潮に】
宴の後半には、春口元監督の33年間の軌跡をたどる映像が上映され、本人も目を細めて見入っていた。歴代キャプテンらによる祝辞が続く中、会場のボルテージが最高潮に達したのは、かつてのライバル・早稲田大を率いた清宮克幸氏が登壇した瞬間だった。


ライバル校の元監督が、関東学大の卒業生たちの前で繰り広げる“清宮節”。さらに宿敵としてしのぎを削った歴代の主将たち――2002年度北川俊澄氏、2003年度山村亮氏、2004年度松本健志氏、2005年度有賀剛氏、2006年度吉田正明氏、2007年度中園真司氏――も壇上に呼ばれ、かつては敵として闘った者同士が、良き友として言葉を交わした。


【「君よハシレ!」大合唱】
喜寿を祝うケーキが運ばれると、教え子たちからバースデーソングが贈られ、お孫さんからは花束が手渡された。さらに、関東学大ラグビー部のチームソングともいえる「君よハシレ!」を、シンガーソングライターの太田シノブ氏が披露。山村亮氏もマイクを握り、会場全体を巻き込んだ大合唱となった。
そして最後に、春口元監督自身が言葉を発すると、あれほど賑やかだった会場は水を打ったように静まり返った。まさにその瞬間、居並ぶ卒業生たちは肩書きを忘れ、“学生”の顔に戻っていた。就任当初の苦労話、常勝軍団を率いた監督としての葛藤、そしてかつてのライバルへのエール――。話は多岐にわたったが、その一言ひとことからは、いまだに尽きることのないラグビーへの情熱がにじみ出ていた。
【最高の「ノーサイド」】
高校時代は無名だった選手たちを日本一へと導いた春口元監督の手腕は、現在のラグビー界の第一線で活躍する教え子たちの姿を見れば一目瞭然である。あの日の葛藤も、ライバルとしての意地も、すべては今日という日を笑顔で迎えるための「Enjoy」の一部だったのかもしれない。
過去に何があったとしても、楕円球を愛した者たちが一堂に会したこの瞬間こそが、春口元監督が教え子たちに示し続けてきた“最高のノーサイド”なのだろう。全国各地から集まった卒業生たちは、春口元監督の喜寿を祝福するとともに、再会を約束して、この日の宴に幕を下ろした。



