引退危機を乗り越えた。ワイルドナイツ藤井大喜、首の大怪我から約13か月ぶり復帰
背筋を伸ばしたまま腰を落とす。
4月29日。全体練習を終えた埼玉県内のグラウンドで、スクラムの姿勢を細かくチェックする。
埼玉パナソニックワイルドナイツの藤井大喜が、約1年1か月ぶりの公式戦復帰を見据えて準備を施していた。2日後の5月1日、東京・秩父宮ラグビー場での国内リーグワン第17節に最前列の右PRで先発する。
「本当にドキドキというか、緊張感があって。それと同時にすごく楽しみ。プレッシャーは、あります」
最後に真剣勝負をしたのは昨年3月22日だ。昨季の第12節だった。やがて2連覇達成の東芝ブレイブルーパス東京へ秩父宮で挑んだその日、開始4分で交替した。
タックルを試みたら相手の腰骨に頭から衝突した。その場で倒れた。
意識はあるから脳震盪ではないとわかった。ただ、かすかな痛みと左半身の麻痺に危機感を覚えた。そのまま東京・秩父宮ラグビー場を離れ、都内で入院した。
「本当にショックでした。ラグビーどころではなくて、また歩けるようになるのかなという不安もあって…」
頸椎の一部が神経に触れていると診断された。
時間が経てば、ラグビーへの思いが再燃した。競技復帰には手術が必要だと言われた。リスクが少ないとされる、首の前部分からメスを入れる方法で原因を解消した。
「大きな手術はこれが初めて。箇所が首ということで、びびった部分も正直あって…」
3~4か月はコルセットつきで絶対安静だった。軽いウェイトトレーニングやジョギングが解禁となったのは半年後のことだ。
復帰への道のりが見えてきた9月、娘が生まれた。それまでの間、妻は大きなお腹で病院などへの送り迎えをしてくれた。家族の存在を励みに、新シーズン開始前の宮崎合宿へ参加できた。
とはいえ全てのメニューを消化できるようになるのはもう少し先。12月中旬の開幕後は、「少しでもチームの役に立てば」と試合の撮影係を務めた。スクラムの構造を俯瞰する、貴重な時間を過ごした。
トレーナーからは長期的な復帰プランを提示され、激しい練習に戻るのは「3月」を目途に定めた。皆と同じ舞台へ戻った当初は、ピーク時から体重が「13~14キロ」も落ちていた。何よりタックルにトラウマがあった。食事と鍛錬で身体をもとに戻し、コンタクトで首をよけてしまう癖をなくすのに時間をかけた。
次第に控え組同士のトレーニングマッチへ出られるようになり、今回、やっとファーストジャージィを着られることになった。
「オペをして、トレーニングをするうち、身体のつっかえていたものがなくなった感じも少しあります」
岩手県の黒沢尻工高で競技を始めた。大東大時代に20歳以下日本代表となるなど注目され、各国代表の集うワイルドナイツで社員選手になったのは2020年のことだ。
当初は現コーチで元日本代表の堀江翔太が現役のHOだった。それぞれが迅速に動く実戦練習で連携の声出しができずにいると、鋭く指摘された。一流の醸す緊張感に揉まれ、いまがある。
強烈な個性が一枚岩となることでレギュラーシーズン目下首位のワイルドナイツにあって、4年ぶりの日本一奪還に喜びたい。
いまの目標を聞かれ、「しばらく遠ざかっている優勝へ、(ゲームに)出ても、出ていなくてもできることをしたい。個人的にはこれから怪我をしないで、娘が大きくなった時にプレーを見せられれば」と答えた。



