【ラグリパWest】もう一度、花園へ…。大阪商業大学高校ラグビー部
大阪府は古来、3つの地域に分かれていた。北から摂津、河内、和泉。いわゆる摂河泉(せっかせん)である。
河内は昔から威勢がいい。博徒<八尾の朝吉>に代表される。今東光の小説『悪名』の主人公だ。ラグビーも盛んな土地柄である。
その河内に東大阪市はある。近鉄電車が大阪と奈良の間を東西に走る。市域にある駅のひとつが八戸ノ里(やえのさと)だ。
駅周辺に高校は4つ。北に5分ほど歩けば大商大高がある。南には布施、布施工科、近大附。4校ともに冬の全国大会に出場した。いわゆる<古豪>である。
大商大高の正式名は<大阪商業大学高校>。全国大会には2回出た。最初は41回大会。開催は昭和の中ごろ、西暦では1962年である。当時の部員らは傘寿になっている。
その41回大会は初戦敗退。秋田工に0-33だった。次の大会から会場がこの東大阪市にある花園ラグビー場に変わる。それまでは兵庫県の西宮球技場を使っていた。
理由が『全国高等学校ラグビーフットボール大会 80回記念誌』に記されている。
<日本初の高速道路・名神の建設>
翌1964年に開かれた東京オリンピックに向け、日本は高度成長の中にいた。
冬の全国大会が通称「花園」と呼ばれるのは、この専用グラウンドから来ている。大会は今、105回まで伸びた。参加は通常51校。当時は32校だった。
大商大高の次の全国出場は5大会後の46回だった。初勝利を挙げる。高崎工に26-0。2回戦では大分舞鶴に0-18と敗北した。通算の大会成績は1勝2敗が残る。
この46回大会を最後に大商大高に府予選の決勝進出はない。昨秋の105回大会予選は8強敗退。東海大仰星に0-93だった。学校と花園ラグビー場は同じ市域にあり、直線距離は4キロほどだが、今は近くて、遠い。
ラグビー部監督の西山直良は目標を言う。
「まずは大阪の決勝に出ることです」
現実を見る。西山は39歳。保健・体育の教員でもある。現役時代はPRだった。近大附から天理大に進んだ。
西山の選手時の体躯は175センチ、103キロ。天理大4年時には関西3位だった。大学選手権は初戦敗退する。摂南大に24-47。この45回大会は2008年度である。
年が明けた1月、西山は東西学生対抗に選ばれる。西軍の一員として戦う。スコアは14-102。以前から東西格差があったこともあり、大学シーズンの最後を締めくくった試合はこの63回で終了した。
西山は大商大高に赴任して、4月で16年目に入った。今、素材獲得に励む。125㏄のバイクで中学やラグビースクールを回る。
「指導だけでは部員はなかなか集まりません」
大学時代、トップ選手だっただけに、練習では超えてゆけない能力の高さを知る。
熱心な勧誘でこの4月には23人の新入生を迎え入れた。その出身は吹田や伊丹のラグビースクール、中学は奈良の郡山などである。選手は3学年で39人に増えた。女子マネージャーは2人の2年生がいる。
主将は3年生の髙橋央成(おうせい)だ。
「ここはほかのチームほど上下関係が厳しくなく、みんな仲がいいです」
笑顔を浮かべる。170センチに満たないFLだが、その分、低いプレーは強い。
競技を始めたのは小6から。四條畷ラグビースクールに入った。3つ上の兄、陽希(はるき)に続いた。兄はこの高校から天理大に進学した。3年生WTBである。
髙橋は西山に信頼を寄せる。
「先生は一人ひとりをしっかり見ています。そして、目を見て話してくれます」
その髙橋らが練習するグラウンドはサッカーとの共用ではあるが、半面の人工芝と全面の土の両方を持っている。照明付きだ。
西山の不在時に練習の中心になるのはOBで25歳の前田龍佑(りょうすけ)だ。西山の天理大の後輩でバックローだった。
「練習は基本が中心です。たとえばパスはハンズアップや流れないことを伝えています」
前田は他校で英語教員をしながら、学外コーチの肩書でチームを見ている。
顧問はもう2人いる。廣瀬壽哉は早稲田摂陵(現・早稲田大阪)を60歳定年で終え、保健・体育教員として2年目に入った。前任校ではラグビー部の部長を経験した。西村直(なおき)は情報科の教員で事務を担当する。
大商大高は普通科4コース制の私立の共学校だ。コースの中には<スポーツ専修>があり、ラグビーを含めた推薦入学枠がある。今年の新入生は355人。内部進学できる大商大には2024年度、69人が進学した。
高校の創立は1928年(昭和3)。男子校の大阪城東商業高校として始まった。1992年に現校名になり、11年後に共学化する。部活動では男子校時代からのバレーボールが名高い。今では「春高バレー」と呼ばれる全日本高校選手権などで14回の日本一がある。
ラグビーの創部は1957年。その5年後に全国大会に出たことになる。ジャージーはエンジと黒の段柄。活躍中のOBはピン芸人のしんやだ。LOとして帝京大に入学し、大学選手権9連覇の最初の4回(46~49回大会=2009~2012年度)に貢献した。
大商大高は新チームになって最初の近畿大会予選(新人戦)は初戦で敗れた。合同Dに7-15。ただ、合同の軸は大阪朝高だった。花園出場は11回、4強進出は3回を誇る。
続く府総体(春季大会)では淀川工科を50-5、茨木を20-0で破り、5月10日のCシード決定戦の初戦に進んだ。対戦相手は浪速である。このCシードを獲れば、花園予選は2か月遅い11月に始まる。その間、公式戦を意識せず練習できる。
大商大高は来年、創部70周年を迎える。チームは人の一生ほどの長さをくぐり抜け存続、15人制を保ってきた。その営みをこれからの成績につなげたい。捲土重来の時である。



