国内 2024.12.16

「ライスファーム」の近くで夢見た。サミュエラ・ワカヴァカがリーグワンでプッシュ。

[ 向 風見也 ]
「ライスファーム」の近くで夢見た。サミュエラ・ワカヴァカがリーグワンでプッシュ。
ブラックラムズ東京・PRサミュエラ・ワカヴァカ(撮影:向 風見也)

 人生を変える試合を目の当たりにした。

 フィジーにルーツを持つサミュエラ・ワカヴァカが目を見開いたのは2015年9月。ちょうどイングランドで開かれていたラグビーワールドカップで、日本代表が南アフリカ代表を34-32で破ったと知ったからだ。

 大会通算1勝の新興国が、当時2度の優勝を誇っていた強豪国を撃破した80分。衝撃度の高さから、試合会場のあった地域にちなみ「ブライトンの奇跡」と謳われた。

 その頃、母国のオーストラリアで楕円球を追っていた青年は、プロ選手を目指す舞台を日本に定めた。

「するとエージェントに、『日本はどうですか?』と。『もう、行きましょう!』となりました」

 進んだのは朝日大。全国大会への出場枠が限られる東海学生リーグに加盟するクラブを「一番、最初にオファーがあった」からとチョイスしたが、ここから先は驚きの連続だった。

 入学年度は’20年。ウイルス禍に伴い、10月に合流した。もともと日本には「テクノロジーが多い」というイメージを持っていた中、住まいに指定された岐阜県内の寮の周りは田んぼだらけだった。

 留学生の先輩に「ライスファームだよ」と言われるまで、それが何のスペースなのかさえもわからなかった。折しも収穫が終わっていたとあり、建物と建物の間に茶色い地面が広がっているだけに見えたのだ。

「『これが、本当に日本?』って。最初は結構、帰りたかったけど、お父さんがZoomで『我慢して』って。いつも、連絡を取っているので」

 ラグビーでもカルチャーショックを覚えた。

 来日後初の練習試合は、その年度に優勝する天理大が相手だった。初先発を飾ったのは、福岡工大との大学選手権2回戦だった。体感スピードのある舞台で持ち味の突破力を発揮するのには、なかなか慣れなかった。

「膝より下にタックルをされる。『何これ?』と。スピードも、パスも速い。海外でも日本のラグビーは速いと言われているけど、僕は信じていなかったんです。だから、初めて来て『うわ、ほんまに速いんだ』と本当にびっくりした。慣れるのに1か月くらいかかりましたね」

 ポジションは高校まで右PRも、走り込みの多い朝日大で体重が減ってNO8へ移った。念願のプロ入りのチャンスは早々にやってきた。

 2年目の選手権3回戦で同大に対抗。7-40と散ったその会場が東大阪市花園ラグビー場だったためか、その日の働きを現リーグワンの関係者に注目された。それぞれ所属先のウエアを着ているから、ワカヴァカ本人もスタンドを見上げてその存在に気づいた。

 3年時もアピールを続けた。特に、全国級の相手と練習試合ができる長野・菅平での夏合宿では気合いを入れた。

 次第にブラックラムズのコーチ、採用関係者からアドバイスをもらう機会が増えてきた。もしかすると、自分にチャンスが巡ってくるかもしれないと感じられた。

 不安にさいなまれたのは、副将として迎えたラストイヤーだ。

 夏のある日、寮からトレーニングに出かけようとしたら、突然、「きょうは中止」との
号令がかかった。

 緊急ミーティングに臨むと、それまで自分が学んできたのと違う類の日本語を耳にした。周りへ「いま、何て話しているの?」と聞いてみると、部員の大麻使用がわかり活動を停止するとのことだった。寝耳に水だった。

 それからは外出するたび、窮屈さを覚えた。体格のよさからラグビー部員であるのは隠せず、事態を報道などで知ったであろう近隣住民からの視線を感じた。

「(寮内のルールも)より厳しくなって、門限は12時から10時に。点呼も毎日」

 厳しい現実に直面しただけに、少しずつ接触のあったブラックラムズへの感謝の念が強まる。試合ができなくなった自分をトレーニングに混ぜてもらい、早期デビューへの準備をさせてもらえた。

「本当にうれしい。頑張るしかないと思った」

 まもなく正式に入団がアナウンスされ、今年5月までの昨シーズンでNO8として公式戦を経験できた。卒業前の大学4年生がプレーできる「アーリーエントリー」の制度によってである。身長185センチ、体重115キロのサイズで推進力を発揮した。

 実質的な初年度となる今年12月からのリーグワン1部へは、左PRとして挑戦する。

 目標である日本代表入りへ試行錯誤を重ねながら、世田谷区内の住宅街で動くブラックラムズへの愛着を強める。

「他のチームにはファクトリー(工場敷地内)で練習をするところもあるけど、ここは住宅街の中。本当にホームベースという感じがします。人も本当に優しい。(先輩が)1年目の選手をご飯に誘ってくれるなど、ケアしてくれている。チーム的には去年(12チーム中10位)よりも上にいける。いい選手も増えているし、自信をつけられる」

 特にイングランド代表経験者のネイサン・ヒューズ、日本の帝京大にいたことのあるブロディ・マクカラン、元ジャパンの松橋周平といったFW第3列のメンバーにかわいがられているという。

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