足元を見よ。 藤島 大(スポーツライター)
楽しみですね。そう言って、ほんの少し妥協しているなあ、と反省もする。スーパーラグビーのJSPORTSの解説においてだ。放送の下調べに「翻訳ソフト」をフル稼働させながら、現地の新聞(ウェブ版)を牛歩の速度で読むと、ああ、この大物も、また別の好選手も、日本へ行くという報道がしきりだ。ワールドカップの年は顕著である。大会終了後、あるいは代表入りの可能性が潰えたと考えて、そこで日の出ずる国への移籍を決意する。
オーストラリアでは、上から3人のナンバー8、ウイクリフ・パールー(ワラタス)、スコット・ヒギンボッサム(レベルズ)、ベン・マッカルマン(フォース)が「みんな日本へ」(クーリエ・メイル紙3月30日付)という報道もあった。同じ記事に「イズラエル・フォラウも渡日の可能性あり」ともあった。すでに正式発表された例もあるし、のちの同国協会との交渉しだいで「きたらず」の場合もありうる。ここでは「誰がくるか」ではなく「くれば強くなるのか」について書きたい。
冒頭の「楽しみ」にウソはない。ウェールズの英雄、シェーン・ウィリアムズが三菱重工相模原に入り、勇姿を、東京ガスのグラウンドのタッチラインまでの距離2メートルで凝視したら実に幸せだった。ソニー=ビル・ウィリアムズを肉眼で眺めてつまらぬ道理もない。ジャック・フーリーの瞬間移動の砕氷船のごときランに何度も感嘆した。フーリー・デュプレアの目の動きを追うだけでラグビー理解はうんと深まる。新しいシーズン、こんどはどの大物がやってくるのか。確かに興味は尽きない。
ただし、トップリーグのチーム強化の観点では、疑問もわく。解説で「楽しみ」と発声する前にためらう理由だ。貴殿のクラブが勝ち切れなかったのは、強力な外国人の数が足らなかったからなのか。
パナソニックの強さ(トップリーグ覇者の価値は重い)、ヤマハの日本選手権優勝、当然、それぞれの立場は異なる。前者の選手層のほうが厚い。しかし、いずれにせよ才能の数の総和だけで頂点に達したわけではない。後者ヤマハのひとりひとりの天性、ことに入社・入団時のそれは、リーグ下位グループの多くのチームと比べて、上回っていたのか。違う。鍛えられ、育ち、伸びたのだ。パナソニックの選手のリアクションの速さ、コミュニケーションの豊かさ、チャンスとピンチでの意識の高さは、ただ個の能力に依拠しているのか。これまた違う。
海外のよき選手を巨額で招く。誠実な強化の一環でもある。ファンもメディアも楽しい。ただ、その前に、自分のチームの足元を見つめるべきだ。パナソニックとヤマハはどうして勝てたのか。とことん考え抜かなくてはならない。そうでないと、いまそこにいる選手がかわいそうだ
仮に海外の腕利きのコーチを招いて、もし、現行のスタッフとの役割り分担があいまいなら最後は勝てない。同じ外国からのコーチで、いくらか手腕は劣っても、ひとりで責任を取り、ひとりで決定できる権限を与えられたほうが好結果を残す。
高校や大学ラグビーでよくあるように、あまりにも環境、選手層に開きがあれば、ひとりで責任を取り、ひとり、もしくは少数で強化方針を決められる賢者の率いるチームが、役割りのあいまいな(ヘッドコーチ、監督、アドバイザー、総監督、GMなどなど)組織に負けることはある。スポーツは、なんといっても身体活動だ。素質や経験を無視はできない。でもトップリーグなら、そこに集まる選手は、みな、学生時代に優れていた者だ。普通、高校の2軍、大学の3軍の人間に声はかからない。指導の当事者がとらわれるほど戦力の差はない。隣の芝生が青いだけだ。
敗因は内側にある。オールブラックスとスプリングボクスとワラビーズ経験者の員数にはない。でも世界の大物なきトップリーグもまたさみしい。続々、来日。楽しみで心配で楽しみだ。
【筆者プロフィール】
藤島 大(ふじしま・だい)
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。著書に『ラグビーの情景』(ベースボール・マガジン社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)、『楕円の流儀 日本ラグビーの苦難』(論創社)、『知と熱 日本ラグビーの変革者・大西鉄之祐』(文藝春秋)、『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『ラグビー特別便 1986〜1996』(スキージャーナル)などがある。また、ラグビーマガジンや東京新聞(中日新聞)、週刊現代などでコラム連載中。J SPORTSのラグビー中継でコメンテーターも務める。
(Photo by Cameron Spencer/Getty Images)