コラム 2024.11.06

【コラム】シンプルな情熱。大橋千里[富山サンダーバーズRFC代表]

[ 森本優子 ]
【コラム】シンプルな情熱。大橋千里[富山サンダーバーズRFC代表]
富山県初の女子ラグビーチームを起ち上げた大橋千里さん

 まさか日本のラグビー界で「フィールド・オブ・ドリームス」を目にするとは。

「フィールド・オブ・ドリームス」とは1989年に製作されたアメリカ映画。ケビン・コスナー扮する農夫の主人公が天啓に導かれ、とうもろこし畑に野球場を建設する。
 アカデミー作品賞を受賞したそのタイトルは、市井の人が途方もない夢を実現させる比喩として、鑑賞した人々の胸に深く刻みこまれた。

 この国のラグビーにおけるフィールド・オブ・ドリームスは大橋千里さん(47歳)だ。
 富山高専准教授。2017年に富山県初の女子ラグビーチーム「マリンフェアリーズ」を起ち上げた(現名称は富山サンダーバーズ)。大橋さんは4年間かけて、自分の力で射水市にある学校のグラウンドを全面芝生にした。9月に実際に現地に足を運んだが、グラウンドは残暑の下、緑に覆われていた。

 大橋さんは広島生まれ。福岡で大学時代を過ごした。もともとはハンマー投げの選手で、同じ陸上競技で知り合ったご主人と結婚。富山に移り住んだ後も、32歳まで陸上競技に打ち込んだ。
 ラグビーを始めたのは35歳のとき。セブンズが五輪競技に採用され、他競技から広く人材を募集していたのがきっかけだ。ハンマー投げで五輪候補に入っていたトップアスリートにとっては、挑戦しがいのある目標だった。

「もともとは2~3年やったら、陸上競技に戻るつもりでした」

 最初は富山高専ラグビー部の選手からパスの投げ方を教わった。続けるうち、次第にこのスポーツの魅力にはまっていった。

「ラグビーって、こんなに楽しいものなんだって」

 その後、彼女の人生は大きく変わっていく。セブンズの候補選手にはなれなかったが、15人制の関西代表候補に選ばれ、合宿で他県に足を運ぶように。そこで、地元に女子チームの必要性を痛感。富山初の女子ラグビーチームを起ち上げた。現在は総合型スポーツクラブ「サンダーバード」の名称で、中学生から社会人まで14人が所属している。

 グラウンドを芝にするきっかけとなったのは、選手が土のグラウンドで擦りむいて膝から血を流しているのを目にした校長先生が「芝生にしてみたらどうでしょうか」と言ったことから。

 とはいえ予算は限られている。そこで自ら苗を植え始めた。
 1年目は異常気象で全て枯れ、落ち込んでいたときに芝生の業者が「1年で全てすべてをやろうとせず、3年、4年かけてやればいいんですよ」と声をかけてくれた。

 その一言が大橋さんの背中を押した。授業、自身のラグビー活動、そして家事。忙しい合間をぬって苗を植え続けた。

「夜中にグラウンドに入ったこともあります。家族から“どうしても今やらないといけないの?”と聞かれたんですが、”今、やりたいの“と」

 暗闇の中、自動車のライトを頼りにホースで水をまいた。

 芝生を管理するため、3級芝生管理技術者の資格も取得。初めて苗を植えてから4年。全面芝生のグラウンドが完成した。植えた芝は4万株。現在はロボットが水やりと芝刈りを担ってくれている。

「相棒です。もう手放せません(笑)」

 女子ラグビーでのお披露目は、今年の4月に開催された北陸地方の女子セブンズ大会「セントラルウィメンズセブンズシリーズ」。長年の夢が実現した瞬間だった。

 途方もない労力を費やしたはずなのに、苦労話にはならない。伝わってくるのは「自分がやりたいからやった」という潔さ。人を突き動かすのはシンプルな情熱なのだ。

 ラグビーを始めたことで、自らの教員としての核も変わった。

「それまでは生徒を指導するとき、“なぜ出来ないの?”と言っていたのが、ラグビーを始めてからは、“今日1日の練習で何が出来たか”と考えるようになりました。チームスポーツの中でも、ラグビーは相手を尊敬する気持ちが大きいスポーツだと思います」

 今も選手と一緒に練習している大橋さん。陸上時代より、走る距離は増えたと笑う。

「しんどい練習でもやりたくなるのが、ラグビーの魅力ですね」

 どっぷりとはまりつつも、ラグビーだけにとどまらない視野を持つ。サンダーバーズに所属する選手は、柔道やバスケットなど、他競技との掛け持ちも多い。だから土日の練習も、他競技と重なればそちらを優先させてよい。

「マルチスポーツは大事。特に中学生はいろんなスポーツを経験することが重要です」

 芝生のグラウンドも、休み時間に生徒たちがサッカーをしたり、いろいろな競技を楽しむ場となっている。 

 大橋さんは言った。

「環境が整えば、人は必ず集まってくるので」

 それを聞いてはっとした。映画の中で主人公は「それを造れば、彼は来る」と天からの声を聞いて、野球場を作り始めるのだ。

 2人の娘さんもラグビー選手。長女の聖香さんはサクラセブンズに選ばれ、11月のアジアラグビーセブンズシリーズ・タイ大会にも参加。国体予選では、夢だった母娘でのプレーもかなった。

「自分のため、ということはずいぶん前に超えてます(笑)。10年後、20年後、次の世代にどうつなげていくか。楽しめる環境を整えていくことが、私のこれからの課題」

 夢に終わりはない。



JAPAN RUGBY TV「ガールズラグビーチャンネル#36」で大橋千里さんを取り上げています。

【筆者プロフィール】森本優子( もりもと・ゆうこ )
岐阜県生まれ。1983年、ベースボール・マガジン社入社。ラグビーマガジン編集部に配属され38年間勤務。2021年に退社しフリーランスに。現在トヨタヴェルブリッツチームライター。

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