〈疑問解決⁉〉日本の高校ラグビー界でたびたび見られる「ラインアウトの”お見合い”」を解説。
――主に高校ラグビーで散見される、ラインアウトでアタック側が塊を作ったのに対して、ディフェンス側がそこに入らずモールが形成されない”お見合い”現象。今回はこの現象を解説するため、三重ホンダヒートのLO、FLでレフリーとしても活動する近藤雅喜さんと、日本ラグビー協会ユース戦略グループTIDマネージャーを務める野澤武史さんを招きました。
野澤「選抜大会や花園の後に、SNSなどでよく話題になりますよね。『なんでレフリーはユーズイットを言わないんだ』とか、『ああいうプレーは男らしくない』とか」
近藤「この事象はおそらく数年前からずっと言われてきていることですよね。それもリーグワンではまったく見られず、大学シーンでもやっているチームこそあってもほとんど見ない。そんな中で高校ラグビーでは、なぜこの事象が起きるのか。やはりモールを強みとしているチームがかなり多いことが関係していると思います。それに対して、ディフェンス側がどう対策するかを考えた中で生まれました」
――アタック側が作った”塊”に対して、ディフェンス側が入らないのはルール違反ではないということですよね。アタック側もあくまでモールではない”ただの塊”であって、そこからボールを出さなければいけないルールもないと。
近藤「その通りです。レフリーの立場からすると、ルールの中で収まっている事象ではありますので、介入することはできません。ただ、ラグビーの根本は『争奪』と『継続』です。果たしてあのディフェンス方法が正しいのかというのは、意見が分かれるところだと思います」
野澤「この話をする上で前提となるのは2021年の新ルールですね。アタック側がボールキャリアーに対して1人がサポート(バインド)することは許されますが、2人以上がサポートしてスクラムのように前進することは反則になった。
ラインアウトボックスと呼ばれる、ラインアウトに並んだ時の縦1㍍×横10㍍(5㍍ライン〜15㍍ライン)の中ではその反則が適用されないということになったのですが、相手が入ってこない状態でモールを組んだときのように前進し続けてしまうと3人以上の塊でボックスを出てしまうことになり、オブストラクションの反則を取られることになりました。
これを踏まえてディフェンス側がモールを組まないことを選択した結果、ああいう”お見合い”が生まれたのだと思います。
このディフェンスが生まれたことで、いま高校ラグビーではモールを組む難易度もすごく上がっているんです。組んでこないことを警戒すると、どうしても初速を出せない。ジャンパーが降りた瞬間に、まずは相手が入ってくるのかを確認しないといけなくなりました。その確認してる隙をついてサックされるなんてこともあります。
アタック側はボックスの中であれば3人以上の塊でも動けるので、グラウンドの内側(15㍍ライン側)に向かってカニ歩きしているのをよく見ると思います。それはタッチラインに近いところよりも、15㍍ラインに近い方が次の攻撃でボールを展開しやすいから。なので、ディフェンス側では15㍍ライン付近まで来たらサックしたり、塊にヒットしてモールを破壊しようとするチームが多いですね。
ただこの現象はゴール前では起きにくい。ジャンパーがボールを預けずに前進して、そのままトライされる可能性もありますから」
――とはいっても、冒頭で近藤さんがお話された通り、モールを強みにしているチームは多いです。アタック側がなんとかして組む方法はないのでしょうか。
近藤「ディフェンス側に入る意志がなければ、モールは成立しませんので、組むのは難しいのが現状です。ただ、個人的な意見にはなりますが、あのディフェンスをやることはネガティブな結果に繋がる場合も多いと見ています。
ラインアウトにおけるアタック側の最優先事項は、ボールを獲得すること。ディフェンス側はその争奪を放棄してしまっていることになります。競りにいくとジャンパーが着地した時に相手に触れてしまいモールが成立してしまう可能性が高いので競ることはできませんから。
いまでは高校生でもスキルはかなり上がっていますし、指導力の高い先生方がたくさんいるので、その裏をかいたプレーへの対応が疎かになる。BKのアタックに切り替えてくるチームも多いでしょう。
僕は1月におこなわれた花園準々決勝の流経大柏×大阪桐蔭戦を吹かせてもらいましたが、プレビューではお互いにラインアウトからの得点率も高かった。流経大柏さんに関してはラインアウトからスペシャルなムーブであったり、いろんなものを用意していました。高校ラグビーでも、ラインアウトからのアタックがものすごく重要な領域に入っているということだと思います。
以前はあのディフェンスを敷かれるとアタック側が混乱しているように見えましたが、いまはそうされた時の次の一手を必ず準備している。選手も臨機応変に対応できている印象です」
野澤「シニアの世界ではラインアウト起点のトライが50㌫とも言われている中で、ラインアウトでボールを易々と渡してしまうのはリスクがある、ということですね。
ただ、高校生の場合はラインアウトで競ることができるほどのスキルや高さを持っているチームは限られています。なので、アタックで勢いをつけさせてしまうリスクよりも、モールを押されるリスクの方が大きいと考えて、大学生以上ではあまり見られない選択をしているのだと思います」
――FWのお二人としては、やはり組んでほしいですか。
近藤「FW出身者であれば誰もがそう思っていると思います。FWのモールはゲームの中の醍醐味でもあるし、モールに対してプライドを持っているチームもある。力対力といいますか、そういうところに期待している人の方が多いと感じています」
野澤「自分も同じ考えです。ですが、高校ラグビーではシニアレベルでは想像できないほどのフィジカルレベルに差のある試合も存在します。例えるならパナソニックとアクティビティでラグビーを楽しんでいる週末ラガーの皆さんとが試合をするくらい(笑)。
社会人と同じようにスクラムで制限なく押してもよければ、強いプロップが生まれると思いますが、そうすると極端な話80㍍押すようなチームが出てくるでしょう。モールでも同じことが言えます。
弱いチームからするとこれは助け舟なんです。ルールが変わらない限りは、今後も続く現象だと思います。
ただ、3年間必死に組んできたのに、大事な試合で1回も組めなかったチームはたくさんあると思います。こうしたディフェンスをされても組めるような準備をしておかないと」
――高校からラグビーを始める選手の多いチームなどは、パスやキャッチのスキルが劣る分、モールを得点源に考えているチームは多いと感じます。なんとか組める方法ないですかね…。
野澤「ひとつ考えられるのは、フライングウェッジの反則を取られないようにまずは2人で当たり、当たった瞬間に2㌢くらい離れていた3人目がパパッと入ってモールを作る方法。
もうひとつは、2015年の南アフリカ戦でジャパンが使ったオプション。手前でボールを確保して、ジャンパーは降りる前に奥の味方にボールを放る。ディフェンス側は相手のジャンパーを避けて奥に下がっていますから、意表を突いて前に出て相手に触れられればモールが成立できます」
近藤「巻き込んでいくようなスタイルは良いアイデアですね。ただ、動きがある中でナチュラルなモールをどこまで作れるのか。リフターが上げて、ジャンパーが着地して、リッパーがボールをもらって押す、という形のモールではないので。
BKを入れるのはどうでしょうか。リーグワンの某チームはボールキャリーの強い13番をテール(最後尾)に置くことがあります。モールを組んだ時にディフェンス側はタッチライン方向に圧力をかけてくるので、その裏をかいて13番が走り込んでくるサインプレーですが、高校ラグビーではまだ見たことがありません。
BKを3人くらい入れるのもありだと思います。モールを作るふりをして、10㍍の中でショートパスを繋いで突破する。モールに入らないディフェンスをしているチームは確実に受け身になると思うんです。
そうすれば、プレーが止まらず、インプレーも長くなる。それはレフリーとしてもハッピーですし、見ている人も面白いと感じてもらえると思う。あのディフェンスに対して、いろんな崩し方のデザインが全国に広まれば、より発展した形が見られるようになるのではと思います」