コラム 2026.07.30

【ラグリパWest】風姿花伝と新島襄。北島孟 [金沢学院大/ラグビー部/S&Cコーチ]

[ 鎮 勝也 ]
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【ラグリパWest】風姿花伝と新島襄。北島孟 [金沢学院大/ラグビー部/S&Cコーチ]
強化の道を着々と歩む金沢学院大のラグビー部。S&Cコーチはスポーツ科学部の助教でもある北島孟さんだ。茨城・茗溪学園時代にはバックローとして全国大会4強を経験する。同志社大の大学院を出て、故郷の大学に奉職した。専門のコーチになってまだ2年目。伸びしろは大きい。

 北島孟は『風姿花伝』を愛読する。

 名は「たけし」。今月31日で32歳になる。
「秘すれば花、は自然に例えていいですね」
 風姿花伝は世阿弥が著した能楽書だ。

 成立は600年ほど前、室町時代である。能楽とは能と狂言の総称だ。能は歌舞劇であり、狂言はコントに寄る。

 北島の父は能楽師でもある。父にとって風姿花伝はバイブルだ。この書物の解釈は、今ではビジネス本にもなっている。

 秘すれば花は<手の内を明かさないからより奥深さや魅力が増す>という意味だ。その一文を胸に、慎みという派生形をも得ながら、コーチングにまい進する。

 北島は金沢学院大のラグビー部のS&Cコーチだ。トレーニング指導を主とする。その細い目は輝く。丸みを帯びた体は温かみを放ち、人を引き寄せる。

 金沢学院大は北陸地方の中心、金沢にある。この街は江戸時代、加賀100万石の城下として栄え、藩主・前田家を頂点に文化が成熟する。能楽もそのひとつに含まれる。

 北島が指導するラグビー部は創部から14年目に入った。東海学生Aリーグで3年連続3位に入り、地歩を固める。このリーグで優勝すれば大学選手権への道が開かれる。

 その大学選手権の「セカンド」と呼ばれる全国地区対抗にこの年末年始、初出場した。76回大会は4強敗退。優勝する山梨学院大に10-48だった。金沢学院大のジャージーはエンジ。この色はスクールカラーだ。

 北島の本業は金沢学院大の助教である。スポーツ科学部でトレーニング科学を担当する。北島の両親は古典の教員だ。学究肌の血も引いている。大学教員は助教を出発点として、講師、准教授、教授と上がってゆく。

 奉職は2022年4月。同志社大の大学院を卒業後だ。金沢学院大は7学部と大学院を擁する。運営は学校法人<金沢学院大学>。短大、2つの高校、中学もある。大学設置は1987年(昭和62)。学生数は3300人ほどだ。

 この大学に北島を導いたのは太茂野(おもの)直利。学校法人の副理事長である。
「血のつながりはありませんが、親戚です」
 太茂野はこの学校法人の方向性を決める立場だ。ラグビーの強化にも尽力している。

 助教と並行して、北島はコーチを附属中学で始め、昨年から大学に移った。
「野村さんに引っ張ってもらえました。自由にさせてもらっています。ありがたいです」
 野村倫成はラグビー部の監督だ。着任した2013年を創部年にしている。

 その野村の下でトレーニングを吸収中だ。
「資格者用のセミナーを受けたり、トレーナーや詳しい知人らと話をしています」
 資格者用セミナーは日本トレーニング指導者協会(JATI=Japan Association of Training Instructors)主催のものである。

 北島は小1から津幡ラグビースクールで競技を始めた。「つばた」は金沢の近郊にある。
「両親がともに早稲田の卒業生なので、ラグビーをさせたい思いがありました」
 父母が学生の頃、早明戦などは旧の国立競技場に満員6万の大観衆を集めた。

 高校は北陸から関東に飛ぶ。茨城の茗溪学園に合格した。3年間、寮生活を送る。
「ラグビーと勉強の両立を考えました」
 バックローとして、高3時には全国大会に出場する。92回大会(2012年度)は4強敗退。準優勝する御所実に17-48だった。

 この進学校では読書の習慣がつく。
「電化製品の持ち込みが禁止でした」
 ゲームなどはできない。たくさん読了した本の代表格が風姿花伝と言える。学問への興味もこの時期から積み重なってゆく。

 同志社大に入学して、北島はラグビー部にトレーナーとして入部する。その学生生活の中で心身のバランスを崩した。やがて、健康を取り戻すが、当時、これ以上、部活動に割ける体力はなかった。

 4年に上がる前、主将につく野中翔平が連絡をくれた。今は花園Lのバックローだ。
「まだ籍が残っているけど、どうする?」
 紺グレジャージーのみんなは北島に気を遣ってくれた。

 この母校は北島の芯になっている。
「同志社に行ってよかったです。創始者の新島先生の思想が好きです」
 新島襄の詩『寒梅』を気に入っている。
「大事なことは厳しい環境で成ります」
 梅は寒さに耐え、満開の花を咲かす。

 新島の「自責の杖事件」も知っている。当時の同志社英学校で集団欠席が起こった。
「新島先生は自分を責め、持っていた杖で自分の手を激しくたたきました」
 責任転嫁をせず、自らの不徳と指導力不足を直視する。その姿勢に感銘を受けた。

 それらこれまでの経験や思いを通して、金沢学院大の学生や部員たちに向き合っている。北島はまっすぐに来ていない。だからいい。学生や部員たちは不完全だ。北島はその苦しみや痛みが実体験としてわかる。

 その北島が指導に加わるラグビー部は、7月18日、3人の外国人留学生をFWに擁する朝日大に17-24に敗れた。昨秋のリーグ戦では7-64と圧倒された。相手は東海王者でもある。勝てずとも成長を示した。

 善戦の中、改善点も口にする。
「もっと自己効力感を持たせたいです」
 自己効力感とは、目標達成の能力を持ち合わせていることの自覚、である。それを北島はトレーニング部門から上げてゆきたい。数値の積み重ねが自己効力感を引き寄せる。

 選手は増え続けている。野村が全国を精力的に回り、勧誘した結果だ。今年は17人増の96人になった。数は力。北島は目標を言う。
「東海リーグの優勝です。そして、卒業する時にここに来てよかったなあ、と思ってもらえたら嬉しいです」
 よき4年後に向け、北島は能楽や新島の教えも織り込みながら、学生たちを導いてゆく。

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