冷静さとチーム愛。ブラックラムズ・中楠一期、初のプレーオフで活かす特性
中楠一期は、「結構、集中力が高いというか、プレッシャーには強いと思います」。だからあの日のあの瞬間も、ひとりの世界に没入していた。
2月28日、鹿児島・白波スタジアム。リコーブラックラムズ東京のプロラグビー選手として国内リーグワン1部の第10節に臨み、2連覇中の東芝ブレイブルーパス東京を33-14で破った。
注目されたのは後半23分以降。チームが2本目のトライを奪った直後、コンバージョンキックに移るまでにややタイムラグがあった。
その焦れた空気が災いしてか。キッカーの中楠が60秒以内に蹴り終えるショットクロックのルールに沿って球を置き、動作に入ろうとするなか、観客席から「さっさと蹴れ」といった類の野次を浴びた。
ところがどうだ。
やがて本人は、当世風の言葉選びで回想する。
「全然、聞こえています。だけど、あんまり気にしてないです」
クールな口ぶりで知られる25歳は、飄々と楕円球をポールの間へ通した。残り15分で23―14と点差をつけ、最後も白星に喜んだ。
その後も淡々とスコアを刻み、史上初のプレーオフ進出を決めた。
最終節では、対する東京サントリーサンゴリアスのチェスリン・コルビと得点王ランキングを争う立場となった。
結局、対する南アフリカ代表49キャップのFBが1つのトライ、3本のゴール、2本のペナルティーゴールを決めて155得点を挙げたのに対し、自身は2本のゴール、1本のペナルティーゴールを成功させながら個人ランク首位を1点差で譲った。
ただしその件についても、この人はどこ吹く風だった。むしろ気にしていたのは、22-39に終わった試合結果とそのプロセスだったろう。つくづく、脳裏に余分なものが挟まれない。
「勝てば多分(個人の得点でも)勝つし、と、試合のパフォーマンスだけに集中していました」
青春時代は、いまの年齢までラグビーをするとは想像さえしていなかった。
都内の強豪である國學院久我山高から慶大へ進んだ当初は、大学までボールを追いかながら卒業後は一般企業に就職するつもりでいたのだ。
入学時から4年間、元日本代表の栗原徹氏がラグビー部を率いていた。キックとランの冴える万能BKだった栗原氏には、ラグビーを続けろとも、続けるなとも言われなかったが、自然な調子でもらったアドバイスが頭に残った。
「これから長くプレーするのなら、スタイルを変えていかないと」
かねて積極的なランを好んできたが、慶大ではその時々で蹴ったり、さばいたりして仲間の14人を活かすよう請われた。モデルチェンジに挑むうち、組織で勝つ面白みを知った。大型選手の揃う強豪校を頭脳と粘りで打ち崩すこともできた。いつしか希望の進路も変わった。
もしかしたら自分は、ラグビーの世界で身を立てられる選手なのかもしれない。新たに掴んだ希望を胸に国内の強豪クラブで施設見学、練習体験を重ねるなか、魅力的に映ったのがブラックラムズだった。
BKの選手同士でボールゲームを楽しんでいたら、ふと、楕円球が地面へ転々とする。
そこへ田園ラグビースクールの先輩で、ブラックラムズの主将経験もある濱野大輔が迷わずダイブした。一般的には「流して」するようなメニューにも泥臭く取り組む先輩に感銘を受け、このグループの仲間になりたいと思った。やがて願いが叶った。
加入2シーズン目の昨季に先立ち、日本代表に初選出された。ここまで3キャップを獲得し、「スタンダードの高いところでプレーしないと置いていかれる場所で、(自らの)スタンダードが上がった」。おかげで最近の国内シーンでは水を得た魚だった。ぐらつかぬ心で空いたスペースをえぐった。
「個人としても、チームとしても自信がある状態なので、その時に感じたものを大事にしてやれているかなと」
2月に発表された今年の代表候補には名前がなかったが、エディー・ジョーンズヘッドコーチは活動自粛前の4月までに「公開していないだけで(リストは)常にアップデートしている」。季節を経るごとに活躍するプレーメーカーは、「選ばれるか、選ばれないかの要因は自分のパフォーマンス。そこには責任を持ってコミットしようとは思います」としながら、こうも続ける。
「いま僕がいるのはジャパンじゃない。このチーム(ブラックラムズ)で歴史を作りたい。全ての試合で気が抜けないし、目の前の試合のことと自分のパフォーマンスのことしか考えていないです」
尊敬するタンバイ・マットソンヘッドコーチが就任して2季目にして、初めてポストシーズンで日本一を狙える。5月23日の東京・秩父宮ラグビー場での準々決勝では、サンゴリアスと再戦する。
大台達成を前後し3連敗も、相手のほとんどが上位陣だったとあり最高のリハーサルができたと捉えている。
「ファイナルの舞台ではひとりひとりのインテンション(心持ち)がキーになる。負けながらもいい学びがありました」
そもそもそれ以前には、多くの試合で中盤以降まで競り合い、重要局面を制して白星をもぎ取ってきた。
その旅路を引っ張ってきた中楠は、6月まで続く頂上決戦へこう言葉を選ぶ。
「何があるかわからないですし、それを楽しみたい。もちろん経験するだけでいいとは思っておらず、勝ちたいです。ただ、勝つためのプロセスはいままでと変わらない。それを規律正しくおこない、試合の日も特別な試合とは思わず、自分たちにとって必要なことを100パーセントフォーカスし、実行できれば結果はついてくる」
無形の重圧がありそうな今度の舞台にあって、外的要因に動じない特徴がより際立ちそうだ。



