韓国留学ラグビー体験記①『ソウル・サヴァイバルズでのプレー』【東京外国語大学ラグビー部4年 上村漣】
2026年、韓国ラグビー界は実業団リーグで幕を開けた。3月から東京外国語大学ラグビー部4年になる上村漣さんがソウル市内の東国大学へ留学している。現地では韓国在住の外国人らが作るクラブチームで楕円球を追う。そして実業団リーグを観戦、チームに加わる前のリーグワン選手に話を聞いた。上村さんの体験記が届いた。
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韓国でラグビー。大学に入学したころの私からしたら、想像もつかなかったことだろう。何気ないきっかけから東京外国語大のラグビー部に入部し、現在まで続けている。3月から韓国のソウルに留学しており、大学で映画や文化の授業を受けている。
皆さんが想像するように、韓国では日本ほどラグビーが普及していない。理由としては部活動文化の有無である。高校まで部活動を本気でやる人はわずかであり、大半が受験の準備に心血を注ぐ。そんな韓国では野球とサッカーが圧倒的人気を誇る。世界的選手ソン・フンミンの存在、野球場に行く文化などが理由として挙げられる。
実際、韓国に存在するラグビーチームはわずかであり、大学チームが10程度、トップカテゴリーである実業団は4チームしか存在しない。周りの韓国人に聞いても「ラグビー」という名称を知っているくらい。そんな国で、ラグビーを始めて3年程度の私がラグビーできる環境が存在するのか、いささか疑問だった。
しばらく調べてみると、SNSであるチームを発見した。そのチームはSeoul Survivors RFC(ソウル・サヴァイバルズ)。主に韓国に駐在している外国人を中心としたチームで、韓国人のメンバーも在籍している。私はそのチームに参加することに決めた。
週一回の練習は、想像よりもきっちりとしたトレーニングをしていた。ヘッドコーチの指示で、準備運動、ハンドリングスキル、コンタクト、ユニット、実戦形式と2時間のトレーニングをかなり濃密におこなう。屈強な体のメンバーも多く、コンタクトレベルは高い。ただ、雰囲気自体はかなり楽しむ雰囲気が強く、ラグビーの習熟度も、人によってまちまちである。私は日本ではバックローなどFWが本職であるが、コンタクトレベルを考慮してBKに回ることにした。
韓国ではあるが、チーム内の言語は英語。私も完璧に話せるレベルではないので、何とか食らいつきながら会話している。非常に優しく楽しい人ばかりで、日本の文化だけではなく、日本のラグビー事情など様々な話で盛り上がり、仲良く過ごすことができた。これもラグビーを始めなければできなかったことだろう。ラグビーを通して、いろいろな人と関われる良い機会を作ることができた。

そして先日、試合にも出場した。試合はKERA(Korean Expat Rugby Association)という大会で10人制の大会である。全部で6節を実施し、春と秋に3節ずつおこなうようである。
その第1節は4月25日、「ANZAC DAY」と呼ばれる日におこなわれた。オーストラリアやニュージーランドでは兵士の追悼を行う日であり、これがこのチームでは違った意味を持つ。朝鮮戦争時代、国連軍として朝鮮半島に集まった兵士たちで、ラグビーチームを結成して試合をおこなっていた。
戦後には英連邦チームで日本を訪れ、当時の全日本チームと試合をした記録も残っている。全日本のメンバーには1974年から代表監督も務めた斎藤寮氏の名前も見つけることができる。つまり韓国のラグビーにおいて、歴史的意義のある日であり、わたしにとっては意外なつながりを発見できた日だった。
参加チームはソウルから特急で50分ほどの平沢市(ピョンテク)に基地を置く米軍チーム、ソウル大学チームなど。結果的にフィジカルで勝る米軍チームが優勝を果たした。私はサヴァイバルズのBチームで参加し、3位を獲得した。当然かもしれないが、組織として洗練されたチームは少なく、その結果フィジカルで圧倒した米軍チームが優勝した。
大会の様子は、YouTubeで全試合配信されています、興味がある方は参照ください。



