日本代表 2026.03.20

【サクラセブンズ PICK UP PLAYERS】努力の人。梶木真凜[自衛隊体育学校PTS]

[ 編集部 ]
【サクラセブンズ PICK UP PLAYERS】努力の人。梶木真凜[自衛隊体育学校PTS]
ラグビー理解度の高さも強み。劇団四季が好き©JRFU

 今後はフェイスガードが梶木真凜のトレードマークとなりそうだ。

 負傷後に着けていたそれを、常に着用すると決めた。今季だけで三度、鼻周りを骨折したからだ。

「鼻の骨が出てるので折れやすいのかな…。これからは予防のために最初からつけます」

 もっとも、防具の有無に関わらずプレーで目立つ。2021年の東京五輪で代表デビュー、いまや中核を
担う26歳だ。

 昨季はワールドシリーズのドリームセブンに日本代表として初めて選ばれた。
「日本が世界に認められてきていると感じました。嬉しかったですね」

 福岡県出身。野球、太鼓、ピアノ、フェンシング、レスリング、バレエと、両親の勧めでさまざまな習い事に通った。中でも最初に始めたのがラグビーだった。

 4歳で草ヶ江ヤングラガーズに入団。幼少期は双子の弟である馨太(東福岡→法大→日本製鉄八幡)と体調を崩しがちだった。
「お互いに風邪を移し合ってて(笑)。弟とは今でも仲良しです。試合を見て、このプレー、良かったねって言い合ってます」

 同じツインズの堤ほの花とは、双子あるあるで盛り上がる。「電話がかかってきた時に、やってることが一緒だったり。何かあるんですよね、やっぱり」と笑う。

 常に一緒にいた弟と別々の道に進んだのは高校からだ。女子部員を受け入れていた福工大城東に進学。平日はラグビー部で男子部員と汗を流し、試合には福岡レディースとして出場した。

 3年時にはU18セブンズ日本代表に選出された。NZ遠征を経験したその経歴を携え、「スーパー高校生枠」で自衛隊体育学校に入校。2年後に開催予定の東京五輪を目指した(1年延期)。

「本気で五輪に出たかったので、大学で授業を受ける時間をトレーニングに使いたいと思いました」

 しかし順風満帆とはいかなかった。入校前に膝蓋骨を脱臼し、以降も2年近く代表から声はかからなかった。
 ケガを前後して、同い年の平野優芽や福岡レディースで1学年下の永田花菜が先に代表入りすると、悔しさは膨れ上がった。

「自分がどう変われば代表に呼ばれるか、世界と日本の何が違うのか、自分なりに考えました。ラグビーのスキルは通用していると思ったので、フィジカルと体力を伸ばそうと」

 それからはまさに血の滲む努力を続けた。チームの練習とは別に毎日複数回、ウエート場や契約のジムに足を運び、それと並行して1時間のランニングやバイクトレーニングも課した。

「自分に自信があったからこそ悔しかったです。絶対に追いついてやるという気持ちがあったので努力を続けられました。良いやり方ではないかもしれないけど、オーバーワークすることで心の穴を埋められたんです。とりあえず自分の今できることをやってみようと。代表なんて無理と言われることもあったけど、これだけやって無理ならしょうがないと思えるまでやりました」

 周りのアスリートにも感化された。ウエート場にいけば、東京五輪で銅メダルを手にするボクシングの並木月海や、パリ五輪で2位となったレスリングの高谷大地がいつもいた。

「オリンピックで活躍する人は努力することを忘れません。忙しくても早朝に来てウエートをしていました。表の努力は誰でもできると思います。誰も見ていない裏のところで、どれだけ努力を続けられるかが大事だと思っています」

 成果は出た。東京、パリの五輪2大会に出場。パリでは全試合に先発し、チーム最多の5トライをマークした。
 ただ、結果は振るわなかった。いまはそれを活力にしている。

「オリンピックの借りはオリンピックでしか返せません」

 2028年のロサンゼルス五輪で掲げる目標は「金」。そのためにはNZと豪州の2強を破らなければならない。だから、今季初戦のドバイ大会で初の銅メダルを手にしてもなお貪欲だ。

「もちろん3位は嬉しかったですけど、今季中にその2チームに勝ちたいです。コンスタントに勝てるようなチームにならないと五輪で結果を出すのは難しい。自国開催のフランスやパース大会のオーストラリアは強かった。そうした独特の強さを跳ね返すためには、勝利への自信がもっと必要です」

 目標を達成するその日まで、努力を止めない。

(文/明石尚之)

※ラグビーマガジン4月号(2月25日発売)の「セブンズ女子日本代表特集」を再編集し掲載。掲載情報は2月15日時点。

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