トンネルを抜けた。日本代表で「いかに能力の高い中楠一期を作れるか」が楽しみ。

リコーブラックラムズでラグビーをする中楠一期は、悩んでいた。
昨年12月に開幕した国内リーグワン1部にあって、司令塔のSOとして持ち前のキック力、冷静さでゲームをコントロールした。万人には順調に映っただろう。それでも身長174センチ、体重84キロの25歳は、自らの働きに納得できずにいた。
今年の誕生日を迎える3か月前の3月上旬に独白する。
「いまひとつ伸び悩んでいるというか、なかなか(満足に)パフォーマンスできない状況になっているのかな、とは思います。もやもやしながらやっている感じです。(本来は)もう少しプレッシャーを受けず、ナチュラルにプレーできるかなと。もう、本当に自分の感覚の問題なんですけど」
ここまで話したうえで、「言語化するのは難しい。もやっとしているというのも、違うと思うんです」。見えざる沼にはまっているのは確かなようだった。
この感触には既視感があった。
卒業後の進路を考えていた慶大3年時、2023年に実現するブラックラムズ入りが現実味を帯びてきていた頃を回想する。
「自分の求める進路に向けて(相応しい)パフォーマンスができているのか、ちゃんと自分が上のレベルでできる選手なのか、色んなことで悩んでいました。英語でいうと、『High expectations(高い期待)』。(理想と現実の)ギャップがあったというか。…その時のものと、(取材時に挙げた悩みは)似ています。…だから、(迷いも)成長する過程なのかなとは思っています」
シーズンの開幕前、初めて日本代表になっていた。
約9年ぶりに復職のエディー・ジョーンズヘッドコーチに抜擢された。怪我人の重なったSOの位置で代表デビューはお預けとなったが、「手の届く範囲に代表がある実感」を抱いたことで、さながら「High expectations」の心境になっていたのだろう。
「自分が代表のスタンダードでプレーしなきゃいけない自覚というか…。代表に行ったからこそ感じられる部分があります。言葉にするのは難しいですが」
その後は一時、ブラックラムズで先発から漏れた。改めて、簡潔に自身の資質のみを振り返ってみた。
チームを率いるタンバイ・マットソンヘッドコーチの選択を受け入れたうえでも、なお「自分のラグビーには自信があった」。であれば、周囲の評価を気にしすぎなくてもよいのではないか…。先発メンバーだったうちに抱いていた違和感を、きれいに払しょくできた。
「それまで代表のセレクション、チーム内の競争と、多くの『要らないこと』を考え過ぎていたと気づきました。いまは、とにかく自分にベクトルを向けています」
5月のレギュラーシーズン終了後に呼ばれたJAPAN XVでは、大分での対外試合でゲーム主将を担った。6月には長野・菅平の代表候補合宿を経て、正規のスコッド入りを果たした。
ジョーンズには「チームへの発言、リーダーシップ、練習への態度、能力的な面」で伸びたと認められ、それを自らも実感できる。
話をしたのは、16日からの日本代表宮崎合宿のさなかである。
サム・グリーン、李承信、松永拓朗、竹之下仁吾とSOや最後尾のFBの座を争うなか、己と向き合う思いを強調した。
「去年は代表に遅い時期(秋)に初招集され、周りは初めまして(ほぼ初対面)。当初は委縮したわけではないですが、皆についていくだけのような感じでした。ただ、10、15番(指示を出すことも多いSO、FB)がそんな振る舞いでは皆からの信頼も得られない。そこの部分は、意識しています。もちろん日本代表でキャップ(代表戦出場の証)を獲りたい欲はありますが、それよりもいかに能力の高い中楠一期を作れるかが楽しみです。何歳になるかはわからないですが、最大値に到達したい。自分の成長を考え、生活しています」
6月28日、東京・秩父宮ラグビー場。JAPAN XV名義でのマオリ・オールブラックス戦のリザーブに登録された。