コラム 2024.05.04

【コラム】赤と青、そして緑。

[ 明石尚之 ]
【コラム】赤と青、そして緑。
今季ここまで6試合に先発している27歳の岩下丈一郎。写真は第8節・S東京ベイ戦勝利後(撮影:松本かおり)

 熊本で生まれ育った大学の友人が言っていた。

「高校の時は、岩下さんがリーグワンに出られるとは誰も思っていなかったと思う」

 その人とは1学年違いの先輩、後輩の関係。「すごい努力家で、(当時から)愚直でしっかり体を張れる選手」と続けた。

 赤と青、そして緑。

 岩下丈一郎の体内には、三色の血が流れている。

 九州学院高、関東学院大を卒業後、コカ・コーラレッドスパークスに入団した。2季プレーして迎えた2021年のシーズンオフ、廃部を伝えられた。

 同じく福岡が拠点の宗像サニックスブルースから声がかかった。ラグビーを続けたい一心でプロ選手になった。

 しかし、その青のクラブも1シーズンでなくなった。
 知らせを受けた日を回想する。

「その日の朝は通常のミーティングのはずなのに、いつもはいない人が来ていました。元コーラの人に、『これ、あの時に似てませんか』と冗談半分に話していたら、本当にそうで…。ただ一度経験していたので、1回目の時ほどの落胆はありませんでした。シーズン半ばでもあったので、どれだけアピールできるか、自分次第だと切り替えました」

 それなのに、終盤戦はケガで欠場。復帰した時にはシーズンが終わっていた。
 思うようなアピールはできなかったが、以降は元コーラの築城昌拓さんの協力もあって、福大の練習に参加できた。いつトライアウトのチャンスが来てもいいように、コンディションを整えることができたのだ。

 しかし、大学時代のコーチなどの伝手を頼りにチーム関係者とコンタクトを取れても、いい返事は返ってこなかった。
 チームメイトの朗報は、より一層焦りを募らせた。

「ケガで1週間ほど入院してからチームに戻った時に、やはりどうしても気になって。チームメイトに聞くと、何人かはポツポツと話が来ているよ、と。その時は自分の人生に不安しかなかったです」

 概ね夏にはどのチームも来季に向けたトレーニングを始動させる。
 だから7月中に移籍先が決まらなければ、ラグビーは一区切りにしようと決めた。

「8月になったら就職活動をしようと。なので、7月まではラグビーのことだけを考えていました」

 諦めかけていた7月末。

 ラストチャンスは、赤のジャージーを着た同士から与えられた。

「7月28日だったと思います」

 電話が鳴った。三菱重工相模原ダイナボアーズの採用担当、榎本光祐からだった。
 榎本は2015年度にコーラを退団、近鉄を経て入団したダイナボアーズで、2022年度からスタッフに転身していた。

 8月の練習に参加しないか。

 最終テストは9月2日と明言された。ウォーターガッシュ昭島との練習試合だった。

「久しぶりにラグビーがやれて純粋に楽しかったですし、出し切れた。自分らしさも出せました。これがラグビー人生最後の試合になっても悔いはなかった」と振り返る。

「おめでとう」

 松永武仁チームマネージャーからの合格通知は、その日の夜に届いた。

「生き返った感じがしました」

 ただ、試練はここで終わらなかった。入団が決まった10日後に、真逆の感情を味わう。

 練習中に、右膝の前十字靭帯と内側靱帯を断裂した。1か月かけて2度の手術を要する大怪我だった。

「終わったなと。正直、めちゃくちゃきつかったです。この先どうすればいいのだろうと」

 病床で打ちひしがれていたとき、まぶたの裏に浮かんだのは、かつての仲間たちだった。

「ラグビーを続けたかった人は他にもたくさんいた中で、僕はたまたまチャンスをもらえました。おこがましいかもしれませんが、続けられなかった人のためにも、チャンスをもらった身として、もっと必死にやらないといけない。簡単に折れてしまうのは、その人たち対して失礼だなと。それがいまラグビーをする原動力でもあります」

 長期に及んだリハビリ生活では、負の感情を前向きに転換させながら、復帰に向けて時間とお金を割いた。オフシーズンでもクラブハウスに毎日通い、安くないレッスン料を払ってパーソナルトレーナーの元へ足を運んだ。

「一度やってしまうと再発のリスクがあるので、もし次やってしまった時に後悔のないようにしようと。これだけやってきたのだから仕方ないと思えるように。そのためにできることをひたすらやりました」

 その努力が実ったのは今季の中盤戦だ。トニシオ・バイフの負傷もあり、第6節で抜擢された。

 174センチ、84キロ。ディビジョン1で戦うアウトサイドCTBとしてはもっとも小柄だが、サイズを補う身上のハードワークは見るものを魅了した。そのヘッドキャップは、ハードタックルの意思表示にも映る。

「リーグワンでは13番のほとんどが外国人選手なので、体の大きさではどうしても劣ります。日本人の自分にしかできないことは何か、質の高いワークレート、泥臭さで勝負しようと。それは三菱のDNAでもあります」

 タックルすればすぐさま立ち上がり、自分の持ち場へ。アタックではチームが求める形を遂行するため、可能な限り顔を出す。ピンチ、チャンスと見れば、端から端まで全力で走ることをいとわない。

「ただ、フィットネステストはすごく苦手な方です」と笑う。
「気持ちで動いてます。そこが僕の生命線ですし、勝ちたい気持ちが強いので自然と体は動きます」

 昨季よりも順位を一つ上げて、9位を確定させているダイナボアーズは、5月5日のリーグ第16節が今季のラストゲーム。岩下はその試合で4試合ぶりの先発復帰を果たす。

 紺色のヘッドキャップを目で追ってほしい。こちらの胸が熱くなるほど、花園ラグビー場を駆け回っているだろう。

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