躍進イタリアの成長を促すゴンザロ・ケサダHCは、選手一人ひとりの心の温度を測る人
今年のシックスネーションズで、イタリアの奮闘に心を躍らせた人は少なくないはずだ。
初戦はイングランドと接戦を繰り広げ、敗れはしたが3点差まで迫った(24-27)。
次のアイルランドには完敗だったが(0-36)、フランスとは引き分け(13-13)、スコットランド(31-29)とウエールズ(24-21)に勝利し、2勝2敗1分で大会を終えた。
25回目の参加でイタリアラグビー史上最高の成績を残した。
ワールドラグビーのランキングも大会前の11位から8位になった。2007年8月以来である。
今大会までイタリアのシックスネーションズでの通算成績は、13勝106敗1分。シックスネーションズBとも呼ばれているラグビー・ヨーロッパ・チャンピオンシップ(ジョージア、ポルトガル、ルーマニア、スペイン、オランダ、ドイツ、ベルギー、ポーランドが参加)で優勝を重ねているジョージアと入れ替えをすべきでは、という声も出ていた。
2022年の大会でウエールズを相手に、敵地・カーディフで劇的な勝利を収め(22-21)、同年11月には、イタリアラグビー史上初めてオーストラリアを破った(28-27)。
先のワールドカップ(以下、W杯)でもNZ、フランスと同プールで番狂わせを起こしてくれるのではと期待されていた。
しかし、NZに17-96、フランスに7-60で敗れ、ここ数年の進化でつけてきた自信も砕け散ってしまった。
「私の最初の仕事はメンタルのケアだった。選手もスタッフも、W杯でNZとフランスに大敗したことがトラウマになっていた。彼らには他の国と戦えるだけの力があることを再認識させることが必要だった」
そう明かすのは、今大会からイタリア代表を率いたゴンザロ・ケサダ(49歳)だ。
同ヘッドコーチ(以下、HC)は、1月中旬におこなった初めての合宿で、こう話した。
「『イタリア代表とは何なのか』を全員で話し合った。他の歴史あるラグビー強豪国と違うところはどこなのか、我々のバリューとは何なのか、イタリアの人々にどのようなイメージを与えたいのか、イタリア人らしさとは何なのかを全員で定義した」
新しい指揮官は、チームに精神的な支柱を据えることから始めた。
ケサダは、アルゼンチン代表SOとして1999年W杯に出場して得点王となった。2000年からフランスのクラブでプレーした後、2008年にフランス代表にキックコーチとして加わり、2011年W杯では決勝進出を経験した。
その後、ラシン92、スタッド・フランセ(2015年フランス国内優勝)、ビアリッツを指導し、フランスでHCとしての実績を積んだ。
2018年にアルゼンチン代表のアシスタントコーチに就任。翌年はスーパーラグビーでハグアレスのHCとしてチームを決勝へ導いた。その後、コロナ禍で活動できなくなったタイミングで、スタッド・フランセから熱いオファーを受けて古巣に帰還した。
ちょうどフランスでもロックダウンの状態が続き、トップ14の中止が発表された頃で、スタッド・フランセは最下位に低迷したままシーズンを終えていた。
クラブの歴史やアイデンティティーをよく知っているケサダにクラブの再建が委ねられ、翌シーズンは6位に順位を上げてプレーオフ進出を果たした。
この時も最初に着手したのが、選手の心のケアだった。
ケサダは心理学を重視しており、自身でもメンタルマネージメントを学んでいる。
また、フランスではフランス語で話していたように、イタリア代表HCとして最初の記者会見からイタリア語で対応した。
就任が決まってから教師をつけて準備をしていたのだ。
「イタリア代表チームへの敬意のしるしであり、さらに選手にとって大切なことだと思ったから」
選手一人ひとりの心の温度を測り、それぞれに合ったサポートをしていくにはダイレクトなコミュニケーションの方が良い。そんな信念を持って動いている。
「『我々は80分間、高いレベルで、高いインテンシティーで戦えるんだ』と、みんなに説くのが私の仕事だった。グループはハングリーでとても意欲があり、常に全力で取り組んでくれる。私は彼らを導くだけでよかった」と、選手たちの姿勢に満足していることを伝える。
今季シックスネーションズの最終戦でウエールズに勝利した後、キャプテンのミケーレ・ラマロ(FL)が「ピッチに入る時のマインドセットが変わった。今の僕たちには自信がある」と話していた。
ケサダ効果である。
もちろん、ケサダが変えたのはマインドだけではない。
同代表は、国歌を歌う時の気持ちの高まりが反映されているような、闘志溢れる熱いプレーがトレードマークだった。そこに、戦術的に駆け引きすることを身につけさせた。
「このレベルで勝てたのは、プレーにバリエーションをつけることができるようになったから。これまでは、ボールを持って攻めるばかりで、自分たちにプレッシャーをかけ、エネルギーを消耗していた。でも今はキックを使ってエネルギーをセーブし、相手にプレッシャーをかけられるようになった。ケサダHCが導入したことの中で一番大きなことだ」とSOパオロ・ガルビシは話す。
ケサダHCは大会前に、「私はラテン民族だが、アングロ=サクソン系の考え方も持っている。でも人間にとって、とりわけ私たちにとって、感情はとても大切、特にラグビーに関しては。私のプロジェクトは、選手たちと一緒に我々のアイデンティティーを明確にしていくこと」と話した。
「魅力的なプレーをどんどん生み出し、見ていてワクワクするようなチームを作りたいとも思うが、何よりもまず競争力のあるチームでありたい」
その思いは、見事に叶った。
大会を終えた今、「今回のシックスネーションズは一つのステップで、これを持続させなければならない」と次の目標を掲げる。
「イタリアの若い才能がハイレベルな試合を多く経験できるような環境を作ること」と先を見る。
ケサダはイタリアの若い黄金世代の選手たちを前任者から引き継いだ。
ガルビシのようにフランスでプレーしている選手もいれば、今大会でイタリア代表デビューを果たしたWTBルイ・ライナーのようにイングランドでプレーしている選手もいる。しかし、多くはイタリアでプレーしている選手たちだ。
「これからさらにU20の才能ある選手がベネトンやゼブレのプロのカテゴリーに上がってくるが、そこでキーになるポジションでプレーしているのは外国人選手。イタリア協会は若手の育成で素晴らしい仕事をしてきた。これからは、育った若手がイタリアでさらに成長できる環境を作っていかなければならない」
ケサダの挑戦は始まったばかりだ。