コラム 2023.11.24

【ラグリパWest】元やんちゃくれ、選手生命の危機を乗り越える。樋川蔵人 [立命館大学/WTB]

[ 鎮 勝也 ]
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【ラグリパWest】元やんちゃくれ、選手生命の危機を乗り越える。樋川蔵人 [立命館大学/WTB]
体の強さが武器の樋川蔵人。東海大相模のヘッドキャップを被ってプレーする。(撮影/平本芳臣)



 土井崇司の話が耳に残っている。4、5年ほど前、いや、もっと以前だったか。

「教え子の子供が<やんちゃくれ>でなあ。最初に会った時、頭はまっ金、金やった。でもラグビーがかなりうまくてなあ…」

 土井は才能を放っておけない。その中学生にアドバイスする。新設の仰星を高校ラグビー日本一にさせた指導者の血が騒ぐ。

「そうしたらなあ、髪の色が金から茶色になって、最後は黒に戻った」

 中学生はラグビーの魅力にはまる。この競技は、ルールのあるケンカ、とも言われている。街中で暴れなくとも、15人の中で男を十分見せられる。

 その話題の主、樋川蔵人(ひかわ・くろうど)は大学生になった。立命館にいる。黄紺ジャージーの3年生だ。

 この秋、公式戦初先発を勝ち取る。167センチと小柄ながら、瞬間の速さと体の強さで右WTBに入った。11月19日の関大戦だった。試合は29−34と逆転負けを喫した。

 樋川は細い目が座る。泳がない。なるほど。中学のころの片鱗を見る。
「僕自身、ボールを持つ回数が少なかったです。2回くらいだったと思います」
 積極性のなさが反省となる。

 樋川の父・英彦は東海大の付属である仰星の1期生だった。学校創立は1983年(昭和58)。その翌年、土井が赴任、ラグビー部を作った。父は部員ではなかったが、土井は体育の授業を受け持った。そこから縁ができる。

 土井はこの立命館との付き合いも同じように長い。最初は2期生3人を立命館に送り込んだ。そのひとり、加藤健太郎はOB会の幹事長になっている。仰星初の国体オール大阪。現役時代はWTBだった。

 土井は今、同じ東海大付属の相模の中高校長である。樋川は高校から相模に進んだ。
「桐蔭学園と相模で迷いました。最終的には絶対王者を負かせる道を選びました」
 神奈川の全国大会予選では2点差にまで迫るものの、その上をゆくことはなかった。

 ただ、最終学年では全国出場を決める。大会は記念の100回。関東には敗者復活戦での出場枠が付与される。そのオータムチャレンジで國學院久我山を19−17で破った。

 100回大会は3回戦敗退。御所実(奈良)に12−21だった。
「菅平の夏合宿の試合なんかで、1回も負けたことがない相手でした」
 練習試合と公式戦の違いを知る。

 花園出場実績を携えて、立命館にゆく。学部は経営。この大学はなじみがあった。樋川は小4まで関西にいた。「関関同立」を知っていた。相模からの入部は初めてだった。

 そして入学早々、悲報を受け取る。脳震とうで「ドクターストップ」がかかった。
「新入生には安全面の観点から、頭のMRIの結果を提出させているのですが、そこで異常が見つかりました」
 立命館GMの高見澤篤は振り返る。複数の病院で診察した末の宣告だった。

「頭に違和感はありました。コンタクトした時になんか痛い、という感じでした」
 樋川は入学から完全別メニュー。1キロや2キロのダンベルでトレーニングをする。
「最初は心拍数も上げられませんでした」
 息切れすると脳に負担がかかる。

「つらかったし、きつかったです」
 それでも、退部の道は選ばなかった。立命館はスポーツ推薦で入学後、何らかの事情でその競技を辞めても、退学は強制されない。
「やんちゃな時も両親は、ラグビーだけは続けさせてくれました」

 別メニューの2年間を経て、この春からコンタクトの練習ができるようになった。頭痛は出なくなった。診断結果も良好だった。
「松本さんにつきっきりで面倒を見てもらいました」
 松本秀樹はアスレティック・トレーナー。アメリカで英語はもちろん、医師に近い学びをして資格を習得する。専門的な知識は豊富。樋川にとってはラッキーだった。

 関大戦では思いが交錯する。
「緊張感もありましたし、帰って来たなあ、という思いもありました」
 体をぶつけ合う許可が下りてから、1年かからずの出場は、土井が認めた樋川の能力の高さを物語っている。

 樋川にとって、大学ラグビーの戦いはこれからが本番だ。今回の起用は右WTB御池蓮二(おいけ・れんじ)がケガをしたことによる。御池は2年生でU20日本代表。左WTBは182センチと大型新人の三浦遼太郎が固めている。年下とはいえ、どちらも手強い。

「御池や三浦は突破型。僕は体の強さがあると思うので、人数を集めておいて、外に人を余らせるようなことをしたいです」

 今年の立命館は不振にあえぐ。リーグ戦1試合を残し、6位タイだ。1勝5敗、勝ち点は8。最終戦12月2日の近大戦に敗れれば、入替戦出場の可能性が濃厚だ。

 一方、立命館と定期戦を組む関西学院は好調だ。リーグ戦3位を決め、4大会ぶり12回目の大学選手権出場を決めた。朱紺ジャージーのSOは齊藤綜馬。樋川の1学年上でラグビーを始めるきっかけを作ってくれた。
「幼なじみとして先にやっていました」
 あとを追って、3歳から西宮甲東ジュニアラグビークラブに入った。そして、鎌倉ラグビースクール、相模、立命館と進んだ。

「お兄ちゃん」の躍動を目に、その個人的な思いも含め、樋川は残りわずかなこの3年生のシーズンをチームのためにもまっとうしたい。傷は癒えた。公式戦も経験した。あとは思いっきりやるだけだ。

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