コラム 2023.05.10

【ラグリパWest】コーチ・坂井克行 [三重パールズ/アシスタントコーチ]

[ 鎮 勝也 ]
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【ラグリパWest】コーチ・坂井克行 [三重パールズ/アシスタントコーチ]
男子7人制日本代表のレジェンド的存在である坂井克行さんは今、女子ラグビー「三重パールズ」のアシスタントコーチをつとめている。豊田自動織機の社員をしながら、主に週末をコーチングに充てる。この日の練習は四日市市の中央緑地公園で行われた。後方には四日市の巨大コンビナートを示す煙突が見える



「選手の時や引退の時は取材がありましたが、コーチとしては初めてです」

 坂井克行は日焼けが落ち、少し白くなった。その顔をくしゃとさせる。はにかんだような笑顔は、この三重の四日市にいた高校生の頃と変わらない。またこの街に戻って来た。

 34歳の坂井は今、女子ラグビーの三重パールズ(Mie Women’s Rugby Football Club PEARLS)のアシスタントコーチである。

 現役時代は7人制ラグビー、「セブンズ」の日本代表だった。最高のキャップ62を誇る。初キャップは2011年春の香港セブンズ。田村一博は「セブンズ・マスター」と言った。ラグビーマガジンの編集長である。

「熟達人」がしみじみと話す。
「教えるのは難しい。自分の感覚をわかりやすく言語化して、選手たちに伝えないといけません。幸い、まだ体は動きます。お手本は示せる。それは強みだと思います」

 三重パールズはセブンズと15人制の両方に取り組んでいる。坂井は主にセブンズを教えている。同じグラウンドの広さで争う「2つのラグビー」の違いを説明する。

「基本的に1日3試合が2日続きます。全力で走る16分(7分ハーフ、インターバル2分)が3回。勝っていけば相手はどんどん強くなってきます。その中で選手は持久力とスピードの両方が要求されます」

 15人制は1日1試合ですむ。人数も倍以上いる。セブンズのキャップはこの2日で1つと数える。

「セブンズはバランスが大事。ランナーや突破役、ハードワーカーもいります。よくやるのが、ポテンシャルの高い選手を上から7人選んで、ポジションをはめることですね」

 それでは勝てない。

「パズルをしっかり組み合わせる。1試合でバテる選手も出てくる。そういう選手はリザーブに回す。ベンチに入る12人全員で戦わなければなりません」

 坂井はセブンズを「究極の鬼ごっこ」と評した。その坂井も、スタートは高校の15人制である。四日市農芸に入学後だった。ラグビー部には2つ上の兄・健志がいた。

 高1と高3の2回、ウイングとセンターとして全国大会に出場した。どちらも2回戦敗退。84回大会は東福岡に15−64。86回大会は仙台育英に12−46。この主将だった3年時は2006年度の高校日本代表に選ばれている。

 卒業後は早大に入学する。「憧れ」だった4つ先輩、今村雄太のあとを追う。今村はセンターとして日本代表キャップ39。神戸製鋼(現・神戸S)で長くプレーした。

 大学時代は猛練習の日々。全体練習後にポジション練習、通称「ポジ練」が1時間あった。さらにタックル中心の居残りへと続く。
「コーチの山本さんにつきっきりで教えてもらいました」
 1996年度卒の山本裕司の名前を挙げる。

 努力の甲斐あって早大でも1年から公式戦に出場。大学4年の大学選手権は準優勝。決勝の帝京戦はセンターで先発する。12−17。47回大会(2010年度)だった。

 社会人は豊田自動織機(現S愛知)と近鉄(現・花園L)で迷う。
「失礼だけど、今のチームは1年目から試合に出られそうな感じでした。7人制で海外に遠征することにも理解がありました」
 経験を優先する。当時の監督は田村誠。優と煕の父は坂井をすぐに起用した。優は横浜E、煕は東京SGのスタンドオフである。

 愛称「しょっき」の中心選手として、また、セブンズで日の丸を背負い、12年を過ごした。現役引退は昨年5月。セブンズ国際大会の最高位はリオ五輪(2016年)の4位だった。

「準備を細かくしました。そこに10回に1回勝つ、が当たったのです。ただ、3位と4位の差は非常に大きい。ラグビーを知っている人は『よくやった』ですけど、知らない人は『メダルは?』になってしまうんです」

 一般人にも明確に結果がわかるように、これからコーチングにチャレンジしてゆく。

 坂井は愛知県にある東浦工場の総務グループで働きながら、週末にグラウンドに顔を出す。自宅から四日市までは車で1時間ほど。ただ、妻の真希の実家も四日市近郊にあり、通いやすさはある。妻は高校時代に同じクラスで隣の席に座った。古い縁がある。

 コーチに就任した経緯が面白い。
「先生が連絡をくれました。セブンズを見られるコーチを知らないか、と」
 先生とはGMの斎藤久。斎藤は坂井の高校時代、ライバル校の朝明(あさけ)を監督として率いている。その尊称は今も生きる。

「僕でよければ、と引き受けました」
 三重パールズにとっては「ひょうたんから駒」。ラッキー。斎藤の評価も高い。
「ええよ。コミュニケーションスキルは高いし、選手たちの前でやってみせられる」
 坂井が高2の時は朝明が花園に出た。やりにくさはないのだろうか。
「ノーサイドや」
 斎藤はニヤリとした。

 今月20日には女子セブンズの国内最大、「太陽生命ウィメンズセブンズシリーズ2023」が開幕する。この大会は4戦制で、ポイントで争われる。昨年、三重パールズの年間総合順位は4位だった。

「目標は日本一。それにコミットすることです。特にセブンズの分野でです」

 昨年、コーチ就任は大会終盤だった。しっかりと準備して迎える最初の大会になる。いわば、リオ五輪だ。コーチ・坂井の本格的なキャリアスタートを鮮やかにしたい。


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