コラム 2023.04.19

【ラグリパWest】私も二刀流。伊藤史隆 [神戸新開地・喜楽館/支配人] 

[ 鎮 勝也 ]
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【ラグリパWest】私も二刀流。伊藤史隆 [神戸新開地・喜楽館/支配人] 
還暦を迎え、この4月から常設寄席の「神戸新開地・喜楽館」の支配人に就任した伊藤史隆さん。その喜楽館で4月12日に就任会見を行った。右は落語家の桂小春団治さん。伊藤さんはABC朝日放送のアナウンサーをつとめたが、その業務もシニアスタッフとして続けてゆく。



「14から6か7に変わる感じですかね」

 伊藤史隆はこれからの人生をラグビーのポジションで例える。愛称は名を音読みした「しりゅー」である。

「お膳立てをしてもらってトライを獲るウイングから、密集に首を突っ込んで、時には踏まれるフランカーに変わります。でも、このポジションは大事ですよね」

 これまでのアナウンサーだけなら、スタッフが放送席など話す状況を整えてくれる。これからは自らが動かないといけない。

 伊藤はこの4月から、寄席の「神戸新開地・喜楽館」の支配人になった。3月末、勤めている大阪の朝日放送テレビで60歳定年を迎えた。引き続き、シニアスタッフとなり、アナウンスの仕事も兼務してゆく。

「海の向こうの偉大な方にあやかって、二刀流という感じですかね」
 現場取材で日焼けした卵型の顔はくしゃくしゃになる。目じりは一気に下がる。

 喜楽館は大阪の天満天神繁昌亭に次ぎ、上方落語の2つめの定席として、5年前に神戸市内にオープンした。座席数は212。この地は昔、「東の浅草。西の新開地」と言われたほどに演芸が盛んだった。

 伊藤が自身の人生の変化をラグビーのポジションに例えたのは、楕円球とは長い付き合いがあるからだ。すぐに思い出すのは、1990年度の神戸製鋼(現・神戸)。全国社会人大会の3連覇を決める試合だった。

 イアン・ウィリアムスがロスタイムにトライへの50メートルを走り切った。ゴールキックも成功。18−16と逆転勝ちする。この劇的な一戦を伊藤はラジオで実況する。

「すごい試合の実況ができたのはよかったのですが、興奮しすぎて、声がひっくり返っていました。仕事としては苦い思い出です」

 この大会は今のリーグワンの前身である。対戦相手は三洋電機(現・埼玉)。試合は秩父宮であった。神戸製鋼はここからさらに積み上げ、日本選手権とともに7連覇する。

 今では30年以上前の失敗ははるか彼方に飛ぶ。野球、ゴルフ、ラグビーなど、ゆっくりしたよどみない口調は、わかりやすく、親しみを持つ人は多い。

 吉野久子も大ファンである。
「ほんまに上手にしゃべらはる。ラジオを聞いていても情景が頭に浮かんでくる」
 吉野はラグビー関係者に愛される同名のお好み焼き屋を京都でやっている。伊藤も常連のひとりである。吉野は傘寿を超えた今でも鉄板の前に立つ。伊藤はそういう女将にも好かれる魅力と能力を兼ね備えている。

「ラグビーと落語は似ていますよね」
 伊藤は言う。
「外から見たら分かりにくいと思われているかもしれませんが、一歩踏み込むと本当に面白い。両方の人のよさも含めてね」

 支配人就任の背景には伊藤の落語への造詣の深さがある。神戸大では落語研究会に属した。桂吉弥は後輩になる。また、朝日放送ラジオの『日曜落語〜なみはや亭〜』で席亭(司会者)をつとめている。この日曜朝の45分番組は四半世紀に渡って続いている。

「大学の入学式が大倉山の文化ホールでありました。山中伸弥もいたはず。坂を上がっていくと、地べたに座布団を敷いて、着物を着ている人がいた。その姿に引かれました」

 iPS細胞でノーベル賞を得た医学人は同級生だった。山中は医学部。伊藤は経済学部である。伊藤の出身は名古屋だった。
「自分の得意科目の配点が高かったんです」
 学生時代からこれまで、尼崎に移った一時期を除き、喜楽館と同じこの神戸に住む。

「喜楽館のお話が来たのは去年の6月でした」
 受諾したのは、若き日から傍らにあり続ける落語や街のためだった。会社は「地域創生」をテーマのひとつに掲げており、理解を得るのはそう難しくはなかった。

 落語家たちからの応援も受ける。この喜楽館や繁昌亭を作る軸になった桂文枝や上方落語協会の会長、笑福亭仁智である。
「おふたりからは、好きにやって下さい、と言ってもらえました」
 2018年の開館以来、支配人は空席だったが、ふさわしい人間がそこに座ることになる。

 4月12日には特別公演の説明を含めながら、就任会見があった。林家菊丸や桂小春団治が時間差で同席した。伊藤はこれから、落語家たちと舞台上でのあいさつ、「口上」(こうじょう)にも加わる。菊丸は話す。
「落語家だけやったら、口上はグダグダになって、脱線してしまうんですわ」
 菊丸は昨年度、大きな名誉のひとつである文化庁の芸術祭大賞に輝いた。

 伊藤は喜楽館のおける自身のこれからをまたラグビーから引いてくる。
「One for All. All for One. のフォーワンの部分を大切にしたいですね。お客さん一人ひとり、噺家さん(落語家)を含めて、ここが楽しいと思ってもらえるようにしていきたい」

 ラグビーで応援するのは京産大。娘の爽香(さやか)が職員として働いている。笑顔を絶やさない優しい雰囲気は父譲り。
「元木さんにも、似ている、と言われました」
 元木由記雄は京産大のGM。現役時代はセンターとして日本代表キャップ79を誇る。

「ラグビーはすべてのスポーツの中で一番好き。圧倒的に『いいやつ』が多い。痛いスポーツやから、自分に厳しく、他人には優しい人が多いんじゃないかなあ」

 喜楽館はこの7月11日に開館5年目を迎える。伊藤の名刺には自筆で「見習」と入っているが、その祝日を境にそれが取れる。ただ、そんな些末なことは関係ない。上方落語、そして地域のため、ラグビーも含めて60年の学びをこの小屋に注ぎ込んでゆく。


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