コラム 2022.11.02

【ラグリパWest】借りぐらしの日々。天理大学ラグビー部

[ 鎮 勝也 ]
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【ラグリパWest】借りぐらしの日々。天理大学ラグビー部
借り住まいとなる天理大のラグビー部寮。寮の耐震工事が終わるのはこの年度末、来年3月になる。その混乱もなく関西リーグは開幕4連勝。勝ち点20は京産大と並び首位を走る。



 借りぐらしの天理大学である。ジブリ映画のように小人は出てこないが、漆黒の戦士たちは登場する。

「本当にありがたいことです。生活環境を大きく変えることもないし、チーム内における分断もないしね」

 監督の小松節夫は感謝する。ラグビー学者然とした目じりは下がる。

 耐震工事のため、この7月末、これまで住んでいたラグビー部の専用寮を出た。工事期間はおよそ半年。借りぐらしの寮は同じ天理の街の中。160人ほどの部員がほぼそのまま、これまでと同じ日々を送ることができる。

「学生たちには申し訳ないけど、物件が出て来なければ、このシーズン、捨てなあかんのかな、って思った時期もあったのよ」

 天理大は全寮制がその特徴でもある。全部員が「同じ釜の飯」を食い、ラグビーのことを日々考え、チームの結束を固める。それが分宿になれば、思い通りにはいかない。本来、この工事は昨年に終えていなければいけなかった。先送りをしたのはチーム力の低下を懸念したためである。

 現在の仮寮は天理教校の生徒寮だった。この高校は現在、3年生のみ。来年3月末に閉校になる。小松は説明する。
「男子のマーチングバンドが入っていた」
 教校は天理高の3年間と比べ、その教育にさらに天理教の教義を染み込ませる。

 高校生たちは今年3月にここを去った。
「最後やし、3年生やから、最後までここで暮らしたいという葛藤はあったと思う」
 小松は優しい。教校寮とラグビー部の借りぐらしとは関係ない。ただ、結果としてこうなったことに申し訳なさを感じている。

 引っ越しは高校生たちの退寮から5か月後の8月。本格的な使用は長野・菅平の夏合宿から帰って来た9月からになった。住み始めて2か月ほどが経つ。

「かなり古い建物のようですが、住んでみたら不自由なことはなく、快適です。みんなで同じ寮に住めるので、コミュニケーションも取りやすいです」

 主将のフランカー、照井悠一郎は笑む。同期のプロップ、中村駿介と2人部屋に暮らす。

 借りぐらしの日本家屋は5棟ある。そこに食堂が付随する。ここは元々、天理教における大教会のひとつ、高安(たかやす)の詰所(つめしょ)だった。詰所は地方の大教会が、この天理の街で執務をする出先として建てられた。高安の地は生駒の山並みを西に超えた大阪の八尾(やお)にある。

「この建物がいつできたかは知らへんねん」
 小松もここの築年数を知らない。この街で育ち、来年3月、還暦をむかえる。高安の大教会は3年前に創立130周年を迎えている。

 5棟とも黒味がかかった瓦を葺いた2階建て。屋根の破風(はふ)には高安を示す旧漢字の「髙」が示されている。玄関の横には天井の高い応接の部屋を備えた家屋もある。

 建物の前には金木犀が植わる。この時期、オレンジの粒子のような花が満開。鼻腔に甘やかな匂いが漂う。松も繁る。前には布留(ふる)の小川がせせらぎを立てる。それらはこの区画の格式を引き上げる。

 住まう町名は指柳(さしやなぎ)から川原城(かわはらじょう)に変わった。南側には市役所がある。布留川の橋を渡れば「銀杏並木」と地元で呼ばれる道がある。この時期、黄色に染まり、インスタ映えのメッカになる。右にわずかに進めば、天理教の協会本部が見えてくる。教団としては一等地である。

 その地に借りぐらしをすべき歴史をこのラグビー部は持っている。創部は1925年(大正14)。天理教の二代目真柱(しんばしら)、中山正善(しょうぜん)より大学は漆黒、高校(当時は旧制中学)は純白のジャージーを手渡された。真柱は天理教の最高位。教義のすべてをつかさどる。

 関西リーグの優勝は2位の12回。記憶に新しいのは2016年から始まった5連覇。最後の2020年度には大学選手権も初制覇する。決勝では最多16回優勝の早大に55−28。57回大会だった。

 借りぐらしの門についている長い看板もその歴史を知るものになる。白木に墨痕(ぼっこん)鮮やかに<天理大学ラグビー寮>と書かれている。

「35年ぶりに関西制覇をした時に、選手のおかあさんが記念に作ってきてくれた。当時はすでに別の看板があって、今まで使われることはなかったけど、これで日の目を見た。よかったと思うよ」

 復活の関西制覇は2010年。その前に漆黒が関西を制したのは1975年だった。小松がコーチとしてこの地に戻ったのが1993年。2年して、田中克己のあとを継ぎ、監督に昇格する。今年は指導30年目になる。

「クラブでの目標は10年前から日本一を掲げている。今年もそこを目指します。ただ、去年は関西で勝てていない。まずその関西王者の称号を奪還すること」

 昨年は関西3位。優勝する京産大に10−19、近大に7−23で敗れた。連覇を狙った大学選手権は初戦の4回戦で明大に敗北。17−27だった。

 今年は開幕から4連勝。勝ち点は最大の20として京産大と並び、首位を走る。チーム分裂の危機を乗り越えて得た、借りぐらし。その恩恵を十分に浴び、小松の言うようにまずは関西を制したい。


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