国内 2022.09.29

2浪経て王者撃破。東洋大の主務兼主力の神田悠作は、「ここが人生の転機」。

[ 向 風見也 ]
2浪経て王者撃破。東洋大の主務兼主力の神田悠作は、「ここが人生の転機」。
関東学院大戦でテンポよく配球する東洋大のSH神田悠作(撮影:松本かおり)


 獲物を逃さない。

 東洋大ラグビー部で9番をつける神田悠作が、前半3分に先制点をおぜん立てした。自陣深い位置で、相手が後ろへそらしたボールを追いかけ、つかみ、並走した味方へつないだ。

 3点差を追っていた前半16分には、足技で勝ち越しを演出。敵陣での連続攻撃に勢いをつけ、相手防御網がせりあがったのを見るやその背後にふわりとキック。ゴール前右へ約20メートル、飛んだ球は、この日14番に入りすでにトライを決めていたボンド洋平へ入る。東洋大は12-10と再逆転に成功した。

 9月25日、埼玉・セナリオハウスフィールド三郷。加盟する関東大学リーグ戦1部の2戦目で、昨季4位の関東学院大に挑んでいた。接戦となるなか、神田も自ら2トライをマークした。1点ビハインドで迎えた前半39分と、26-26とタイスコアだった後半24分。いずれも、接点の脇を駆け抜ける得意の形だ。

 守っても好タックルを連発する。パスの受け手を待ち構え、仕留める。終盤は持ち場のSHから司令塔のSOに回り、勝つ瞬間を芝の上で迎える。38-31。

 主催団体の選ぶプレイヤーオブザマッチ受賞で、開幕2連勝に華を添えた。やや音声が途切れがちなマイクで観客へ懸命に感謝を伝え、試合後の会見では内省的に述べた。

「本日はありがとうございました。こうした環境で勝ち切れたのは自信になりました。でも、自分たちにフォーカスしてやれることはもっとあると思う。この勝ちに浮かれず、次の1週間に向かって準備したいです」

 さかのぼって11日には、東京・秩父宮ラグビー場で4連覇中の東海大を27-24で倒している。29年ぶりに1部参戦のクラブにとっての歴史的白星を、神田は決定的なタックルと走りで彩っていた。

 前半38分頃、敵陣の深い位置から対するSOの武藤ゆらぎが快走した。遠く離れた位置にいた神田が、それに反応した。

「彼はキーマンだった。好きに走らせたらいけない」

 追いつく。止める。落球を誘う。直後のスクラムでフリーキックをもらうと、目の前に「大きいスペース」があると察知。ラン。鋭角に走り込んだ味方FB、田中康平へパスを出し、スコアを10-7とした。

東海大戦でチームを落ち着かせる神田悠作(撮影:松本かおり)

 昇格してすぐに日本一を目指すチームにあって、攻守両面で顔を出す。グラウンド外でも働く。レギュラー選手にあっては珍しく、主務を務める。取材者への電話応対、練習試合の調整といった仕事を、学生スタッフの佐藤拓弥、鳥越千嵩らと分担しておこなう。

「来年、社会人になる。メールのやり取り、大人の方たちとの接する機会が増えて、いい勉強になるかなと」
 
 普段は柔和な笑顔で、いざジャージィをまとえばクラブ屈指の狙撃手。ラグビーを始めたのは小学校1年の頃で、北九州の鞘ヶ谷ラグビースクールを経て東筑高に進んだ。

 東筑高は県下有数の公立進学校だが、部活動の実績を重視する推薦入試制度も用意する。神田はその道を使った。入学後は学業優秀な同窓生に囲まれ、「浮いていた」と笑う。

 本格的に机に向かったのは、浪人生活を始めてからだ。ここでは心機一転、「予備校に最初に入って、最後に出る」を習慣にした。地元の四谷学院に通い、東筑高出身者の多い早大を目指した。

 厳しい現実に直面した。1浪目は複数の大学に合格しながら、第一志望の早大に届かなかった。自ら選択した2浪目も早大には届かない。受験校を絞ったのもあり、受かったのは東洋大だけだった。

 長らく競技から離れたことで、大学で体育会へ入る意欲は消えかけた。高校時代の監督、同級生で2浪の末に早大に入った平田楓太に励まされなければ、当時2部にいたいまいるクラブへは入らなかった。

 決断してよかった。おもに2歳年下にあたる同期部員のモチベーションが、総じて高いと感じたのだ。東海大戦でパスを送ることになる田中、のちの主将である齋藤良明慈縁、やがて副将となる土橋郁矢は、常にグラウンド併設のジムへ通っていた。

 周りに「引っ張られ」ることで努力できたという神田がブレイクしたのは、昨年のこと。それまでプレーしたことのなかったSHに転じ、入替戦で中大を制した。持ち前のスピードが評価されてか、リーグワンの関係者との縁も作れた。

 まずは、学生ラストイヤーに集中する。

「一緒に頑張ってくれた同期が、もし(試合の)メンバーに入らなくても『このチームにいられることは、いいな』と思ってもらえるような結果を残したいです」

 人をモチベーションの源にする。特に家族へ感謝する。

 福岡の予備校で苦労して、埼玉の東洋大で充実の日々を過ごすこの6年間、両親の経済的な支えを得てきた。その事実を踏まえ、「応援してくれる人に、結果で恩返しがしたい」と繰り返す。

「2年間も浪人して、大学でも好きなことをさせてもらって…。ここで自分が怠けていたら、何も残らない。ここは、人生の転機となる場所だ。そう思ってきました。だから、ここで頑張ってきました。それと、頑張ったら結果に関わらず自分に何かが残ることは、浪人時代に学んでいたので」

 10月2日、関東学院大戦と同じ会場で前年度3位の大東大にぶつかる。秋が深まってからも、筋金の入ったパフォーマンスを貫く。

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