コラム 2022.09.22
【コラム】光と影。〜我が心の13番。トップ選手の心模様を知って〜

【コラム】光と影。〜我が心の13番。トップ選手の心模様を知って〜

[ 直江光信 ]

「引退後に私がうつ状態に苦しんだといえるかどうかはわかりません。それは医師が診断することです。そしてまさにそれが、引退前に私が精神科医を訪ねた理由でもあります。私はそうなることを回避したかった。(中略)目的がなくなる喪失感は、非常に大きかった」

 記事ではさらに、現在世界のラグビー界で重要な課題となっている頭部外傷の影響についても触れている。現役時代に負った脳のダメージが、引退後に深刻な形で顕在化するケースは少なくない。最近ではかつてオドリスコルが何度も対戦している元ウエールズ代表主将のFL/NO8ライアン・ジョーンズが、40代前半にして若年性認知症と診断されたことを発表している。

 オドリスコル自身も、引退した当初は不安を感じていたという。落とした鍵を拾おうとしてドアにぶつかった時、ふいに「自分にはきっと問題があるに違いない」という疑念にさいなまれた。「その後、さまざまな検査を受けに行きました。結果はすべて良好でした」。

 オドリスコルの引退から8年。その間もプレーヤーのフィジカリティとゲーム強度の向上は、とどまることなく続いている。頭部外傷の問題がラグビー競技の未来に暗い影を落としていることに懸念を示しつつ、オドリスコルは「コリジョンで勝利するスポーツというゲーム構造を作り変えない限り、解決の方法はないでしょう。でもそれはもうラグビーではなくなる」と語っている。

「プレーによってどんなリスクがあるかはわかっていました。しかしだからといって、自分のキャリアのすべてを変える選択をできたでしょうか。答えはノーです。私はすばらしい時間を過ごしました。自分が脳震盪を起こしたと感じて、みずからフィールドを退こうとしたことはありません。だからこそ、選手にその決断をさせてはならない。彼らはただ戦いの場に身を置きたいのであり、暗い部屋に座って自分が60歳になったらどうなるかなど考えないのです」

 辞書や翻訳サイトをいったりきたりしながら重厚なインタビュー記事を読み、あのオドリスコルにもこんな苦悩があったのかと胸を締めつけられる思いがした。どれほど偉大なアスリートであっても、引退の時は必ずやってくる。そして照らす光が強いほど、その反対側にできる影は濃い。こうした啓発や啓蒙は、ラグビー界で今後ますます重要になっていくだろう。

 来年のラグビーワールドカップフランス大会でもしアイルランドが優勝したら、あなたはほろ苦い感情を抱くでしょうか――という問いに対し、オドリスコルはこう答えている。

「もしそれが私にとって(自分が出場しない)初めてのワールドカップであれば、『なんてことだ!』となるでしょう。しかし来年の大会で、私が逃すワールドカップは(2015年、2019年大会に続き)3つ目になります。(中略)ゲームから離れて1年経った頃よりも、今ははるかに多くのことを楽しめるようになってきました」

【筆者プロフィール】直江光信( なおえ・みつのぶ )
1975年生まれ、熊本県出身。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。早大時代はGWラグビークラブ所属。現役時代のポジションはCTB。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)。ラグビーを中心にフリーランスの記者として長く活動し、2024年2月からラグビーマガジンの編集長

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