「ラグビーも含め、目標を持つ中でいろんな人たちと出会った」。寺田明日香を変えた楕円球時代の記憶
ラグビーのことも大事にしてくれている気持ちが伝わってきた。
東京オリンピックの陸上競技、女子100mハードルで準決勝に進出した寺田明日香だ。その準決勝(8月1日)では13秒06、1組6着に終わりファイナル進出はならずも、レース後のインタビューの中に「ラグビー」が出てきた。
同種目で準決勝に進出するのは2000年のシドニー五輪、金沢イボンヌさん以来。31歳で、一児の母である同選手の奮闘は多くの人に称えられた。
試合後のインタビューで「できるだけ前についていきたかったのですが、あっという間に離されてしまった。それが本当に悔しいです。ただ、いろんな方々に支えていただいて、きょうも走れた。本当にありがとうござぃます」と話した。
その後、インタビュアーに「この5年間を振り返ってどうでしたか」と問われた時だった。
「ラグビーも含め、目標を持つ中でいろんな人たちと出会いました。一緒に、一つひとつの目標をクリアしていくことだったり、目標を作って進んでいくことがどれだけ大切で、楽しいことと感じながらやってこられた。それが有難い」と答えた。
寺田は以前、ラグビーマガジンのインタビューで、ラグビーの経験がアスリートとしての進化に影響を与えたと話した。
同選手は2017年、2018年とラグビー選手として活動をしていた。初年度は東京フェニックス、千葉ペガサスでプレー。太陽生命ウィメンズセブンズシリーズでプレーし、トライも決めている。
高校3年時(北海道恵庭北高)はハードルに加え、100㍍、4×100㍍リレーでも頂点に立ちインターハイ3冠。高校卒業後、すぐに日本選手権で3連覇した。
世界選手権出場、アジア選手権銀メダル獲得などの実績も重ねた。
しかし2013年、相次ぐケガと摂食障害などを理由に23歳の若さで一度は引退した。
ラグビーを始めたのは2016年の10月だった。
陸上引退後、結婚、出産、そして大学進学を経て、約4年の歳月が過ぎた後だった。縁あって知り合った東京フェニックスの山田怜の誘いもあり、同クラブで楕円球を追い始めた。
当時のことを「『一緒に(五輪を)目指そう』と言ってもらえた。幸せだな、と思いました」と記憶している。
リオ五輪女子セブンズ代表の桑井亜乃(帯広農高時代は円盤投げ選手)は、同期、同郷の陸上仲間だった。桑井からも「一緒に五輪に行きたい。活躍できるポジションがあるから」と言われた。「力を生かせて、必要としてくれる人がいる」ことが背中を押した。
人とぶつかることは当然、「コンタクトの時に互いの汗でグチャッとしたり、人間の匂いが(自分に)付いたり、汗や唾の飛んだ地面に倒れたりするのが最初は苦手でしたが、自然と慣れました」と、最初はラグビーに戸惑ったと笑う。
試合も簡単ではなかった。広いスペースを走るのは得意だ。でも、ディフェンダーが迫ると迷った。
「防御が対応してくる。それで内に走ると、人がたくさんいて迷ってしまう。走るコースを考えながら、味方と相手の位置を確認し…ひとつのことをやりながら他の動きをすること、頭と体をリンクさせるのが難しかった」
陸上に復帰した後、ラグビーの動きが生きたのは、止まる動きだった。
「鬼ごっこをやると体育館の端っこまで真っ直ぐ走り、捕まるタイプでした。でも、ラグビーで一度止まって走ったり、ステップを切れるようになって逃げられるようになった。ハードルを越えるときの斜め上に跳ぶ踏み切りは、止まる動作に近い。その動きを一瞬で使えれば大きな力を発揮できる。転んで、立ち上がり、すぐに走るなど、ラグビーで自分の体の使い方がわかるようになりました」と話す。
2018年限りで陸上界に戻ったのは、(当時)残り2年でやって来る五輪には(ラグビーでは)到底間に合わないと感じたからだ。その時点で、自分がいちばん生かされる場所はどこか考えて判断した。
「ラグビーでも、いちばん楽しいのはボールを持って走ることでした。それなら、ボールがなくても、走るのはやっぱり楽しいだろうな、と」考え、トラックへの復帰を決めた。
陸上を離れ、ラグビーに挑戦して諦め、ふたたびレースへ。人と違う生き方に対し、ネガティブなことを言う人は多いだろうと思った。
しかし、「人に言われることを気にするより、自分の思うように」と考えて決断した。
「(以前なら、五輪に)出なければいけない、と感じていたのが、家族をはじめ、(自分を支えてくれている)みんなと一緒に行きたいと思えています」と思考回路が変化していた。
人との関わり方がヘタだった自分がラグビーで変わった。
「摂食障害も、悩みを抱え込んだからでした。ラグビーにはいろんなポジションに、それぞれに適した人がいて、与え合ったり、補ってくれたりする。いまは私も人に頼りたい。自分の意見を、その人に合った伝え方ができるようにもなりました」
人生に無駄な時間はひとつもない。寺田明日香は、五輪でのパフォーマンスで、それを教えてくれた。