公式戦のつもりだった。帝京大が9連覇達成時以来の明大戦勝利!
この日最後のスクラムでは、互いの呼吸が合わずに組み直しが重なる。両軍の最前列の選手はやや興奮状態に映った。
そこへ割って入ったのが、帝京大の奥井章仁だった。塊の後ろにあたるNO8の位置から前に出て、味方はもちろん対する明大の組み手たちへも一呼吸、置くよう伝えた。
「お互い、スクラムにプライドを持っていて、組みたいスクラムがあると思うんですけど、そこでヒートアップしてレフリーのコールを聞けていなかったら意味がない。そこで一回、落ち着いていこうと」
明大のスクラムからボールが出ると、帝京大はタフな防御でピンチをしのぐ。敵陣中盤で向こうの反撃に耐えながら、接点で明大の反則を誘った。
ノーサイド。32-28。刹那、2年目ながらリーダーシップが買われる奥井が涙を流した。そのわけを簡潔に述べる。
「ここ3年間、勝てていない。全部員がここで勝ちたい気持ちがあって。全員でファイトできて勝てたので、すごく嬉しかった…。以上です」
6月13日、静岡・エコパスタジアム。全国4強同士の強豪大が招待試合の形でぶつかる。奥井が言うように、帝京大が1軍同士の試合で2018年王者の明大に勝つのは2017年度の大学選手権決勝で9連覇を決めた時以来となる。
右PRの細木康太郎主将がその瞬間を、まるで選手権で優勝したかのように振り返る。
「負けてきた相手に勝てた。チームの皆が誇らしく思えて、主将をやっていてよかったなと思えた瞬間でした」
招待試合にあって、シビアな選択を重ねた。
5-0とリードして迎えた前半10分頃、敵陣中盤左中間の相手ボールスクラムを押し返してターンオーバーを決める。フェーズを重ねた先で明大のさらなる反則を引き出すと、トライを狙いに行くのではなくペナルティゴールを選んだ。8-0。着実にスコアを刻んだ。
細木は続ける。
「公式戦と同じような準備をしてきました。チャレンジする気持ちで、いままで負けてきたチームに必ず勝とうと、結果を残す気持ちでした」
キッカーを務めた3年の高本幹也は、本職のSOではなくインサイドCTBで出場。本来その位置で働く押川敦治がけがをしたためのポジションチェンジで、SOの穴は1年の小村真也が埋める。
ニュージーランドのハミルトンボーイズ高へ留学していた小村真也は、相手を引き付けながらのパスやグラウンド中盤でのハイパントを披露。さらに11-14と3点差を追うハーフタイム直前には、敵陣22メートルエリアでフェーズを重ねるなかでタックラーをいなしながらのオフロードパスを繰り出す。
3年生SHの谷中樹平のフィニッシュと高本幹也のゴールキック成功を促し、18-14と勝ち越した。
帝京大は後半6分にラインアウトモールからのスコアで25-14と点差を広げ、4点差に迫られていた24分にはWTBの高本とむのこの日2本目のトライでだめを押す。
おぜん立てをしたのは、高本幹也の防御裏へのキックだった。コンバージョンも決まったことで、帝京大は32-21と11点のリードを奪った。
後半30分頃には、自陣深い位置で守勢に回りながらもしぶとくタックルを重ねる。最後は奥井がジャッカルを繰り出し、明大のペナルティでピンチをしのいだ。
白星をつかんだ岩出雅之監督はこうだ。
「苦しい時間帯で粘り強く勝ちに向かっていけた。個人的な『ここをこうした方がいい』はありましたが、(試合後の)ロッカールームでそれを言うのは野暮なので話していません。明大さんもタフだった。芯の部分を成長させてもらえるようなタフな経験ができたのはよかったと思います」
帝京大ではFLの上山黎哉も得意のタックルで好アピール。FWで途中出場のリッチモンド・トンガタマも力強く前に出た。
それでも最終スコアが拮抗したのは、明大の追い上げがあったからだ。
持久力を磨いてきた明大は球を保持すれば推進力を誇示。1年生でWTBの安田昂平は、後半36分のトライシーンなどで持ち前のフットワークを披露した。
6月に就任したての神鳥裕之監督は、「フィジカルの強い帝京大さん相手にファイトして、明大らしい戦いはできた」。戦術的な課題を口にしながら、ベースとなる領域には好感触を得たようだ。
「課題はまず、相手のモールへのディフェンス。(その他の場面での)チームディフェンスも、夏合宿などを使いながらやっていきたいです。(攻撃では)近場(接点周辺)でファイトする強度には手応えがありましたが、それをいつまで続けるのかといったチームの落とし込みはこれから必要になる。秋の公式戦(加盟する関東大学対抗戦A)に向けて戦い方、ゲームプランを詰めていけば、まだまだこのチームは伸びていく」
感染症の影響で2020年度のシーズンを短縮させた大学ラグビー界。今季は平時に近い状態での運営が望まれるなか、上位校の接戦が群雄割拠の様相を漂わせた。