コラム 2020.11.19

【コラム】聖地にて。

[ 直江光信 ]
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【コラム】聖地にて。
各地域の「県2位校」も集まる今回。全国で花園を目指した、夢見た高校生たちの思いがより色濃く反映される大会になる(2007年・山梨/撮影:BBM)

 花園の一日は長い。試合が多い1、2回戦は9時前から16時過ぎまで3つのグラウンドを行ったり来たりする。12月末の生駒おろしは肌を刺す冷たさだから、万全の防寒対策は不可欠だ。機能素材のアンダーウェアの背中にカイロを貼りつけ、セーターとコートを重ねる。意外に重要なのは首元と足元で、マフラーに加えて保温性の高いシューズを履くと格段に快適さが高まる。あると便利なのは携帯座布団。冷え切った座席に熱が奪われるのを防いでくれる。

 最初の難関は電車移動だ。寒冷地仕様の装備で暖房全開の混雑した車内にいると、じっとしていても汗がにじんでくる。その後寒気にさらされる身には危機的状況。汗冷えを回避すべく、コートを手に抱え、心頭を滅却して発汗を抑え込む。目的駅で電車を降りると、全身を包む冷気に身も心もすっと引きしまる。

 さあラグビー場に到着。熱戦を堪能する上で鍵となるのが観客席のポジショニングだ。3会場とも自由席で対戦カードに合わせて多くの人が入れ替わるので、タイミングを見計ってベストな位置を確保する。風向きやゲームプランによって片方のサイドにトライが集中するといったことがしばしばあるため、注意深く見極めて状況判断する必要がある。個人的なお気に入りはゴールライン付近のスタンド中段あたり。大鉄傘の柱に邪魔されることなくグラウンド全体を斜めから俯瞰できるから、両チームの陣形とボールの動き、トライシーンを追いやすい。

 試合開始までの時間は、おなじみラグビーマガジン2月号付録の「全国高校大会ガイド」で目当てのチームをくまなくチェックしよう。何気ない、それでいて一人ひとりのこだわりがつまった短い記述にイメージはふくらむ。2019年度の徳島県立城東高校の6番、伊藤優汰のプレーの特徴は「ラン、タックル、運動量」で、目標とする選手は「ティエリー・デュソトワール」。いかにもしぶといプレーをしそうだ。

 各グラウンドのスケジュールを確認しながら観戦の順序を頭に描く。前日にトーナメント表を吟味して入念に計画を立てていても、いざ始まれば思わぬ対戦が好ゲームになることも少なくない。さいわい今はJ SPORTSオンデマンドやMBSのライブ配信があるから、スマートフォンで全グラウンドの様子を精査して臨機応変に立ち回れるようになった。技術の進歩と関係者の尽力に感謝するほかない。

 あわただしく試合を追いかけているとつい忘れがちなのが食事だ。観戦歴の長いエキスパートは弁当やおにぎりなどを持参するなど準備に余念がないが、場内に点在する売店やレストランを見て回るのも楽しい。時間があればラグビー選手およびファン御用達の『お好み焼き・たこ焼き 春美』まで足を伸ばすのもオススメ。第1グラウンド正面入り口から徒歩3分、壁から天井までラグビー選手のサイン色紙で埋め尽くされたディープな空間で、名物おかあさんが作るフワトロのたこ焼きを味わえます。

 西に傾いた太陽のオレンジ色の光が緑の芝を照らす頃、最後の試合が終了する。当日済ませておくべき仕事を片づけたら、ここからは花園第2ラウンドのスタートだ。同業の先輩後輩やラグビー好きの友人知人と酒場へ繰り出し、各試合のレビューや印象に残ったチームおよび選手の話題、この先の大会展望などについて激論をかわしながら、胃袋にビールを流し込む。「○○高校から3トライを取ったあの1年生、中学時代に走り高跳びの県チャンピオンだったらしい」「〇〇高校のタックルしまくってた6番、国立大の医学部を目指しているそう」なんて話をアテに飲む酒ほど、うまいものはない。

 強豪高校のラグビー部OBが営む安価で美味しい焼肉店や、大学時代の先輩が絶品のピザを焼いてくれる隠れたオステリア、複数のテレビでJ SPORTSの各チャンネルを観られる素敵な角打ちなどをはしごして、なんとか宿に帰り着く。一日中こごえながら歩き回ってクタクタなのに、酔いの回った頭の中でその日の名場面や監督、選手の忘れがたき表情と言葉、スタンドのどよめきなどが次々とよみがえる。毎年ほぼ同じ日程で取材していても、ひとつとして同じ試合、同じ大会はない。それが花園だ。そしてその一つひとつに、そこに携わる一人ひとりにとってかけがえのないドラマがある。そうした「替えのきかない切実さ」が花園の魅力であり、特別な大会である理由なのだと思う。

 2020年度、第100回大会。この記念すべき年の巡り合わせの縁を想像する。そして見えない敵が相手の未曾有の困難の中、開催に向け容易ではない準備を進めるすべての関係者、参加各校のスタッフ、選手および彼らを支える方々に敬意を表します。スムーズな運営と出場チームの安全、安心を考えれば、例年のような取材活動は難しいかもしれない。間近で接する可能性がある者の責任として、仕事以外の時間も自覚ある行動は求められる。でも大会が最後まで無事行われるためなら、そんな不自由など些末なことだ。どんなに厳しい状況でも、できることは必ずある。今はただ、選手たちが存分に聖地の芝を駆け回れることを願っている。

直江光信
【筆者プロフィール】直江光信( なおえ・みつのぶ )
スポーツライター。1975年熊本市生まれ。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)。現在、ラグビーマガジンを中心にフリーランスの記者として活動している。

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