都立青山高校ラグビー部2020【上】 新入部員19人! この学校でいちばん本気になれる。
この時期、本当なら世界の目が集まり、トップアスリートたちが躍動していた。しかし、巨大スタジアムはひっそりとしたままだ。
ラクビーマンたちの憧れ、秩父宮ラグビー場から声援が消えて5か月ほど経った。
8月最初の週末、外苑前は人通りが少なかった。
そんな中で、声が響いていた。
こっち、こっち。パスっ。
ザッ、ザッ。
土を蹴る音も。
8月1日、関東地方梅雨明け。都立青山高校ラグビー部は試験明け。青空の下、少年たちがボールを追っていた。
片方のゴールポストは秩父宮ラグビー場のすぐ脇。もう一方のポストの目の前には、昨秋おこなわれたワールドカップ(以下、W杯)の中枢、組織委員会の入っていたビルがある。
全部員が4チームにわかれ、2か所でタッチフットに興じれば校庭の大部分に人が散らばる。この春、同校ラグビー部には15人の1年生たちが加わった。女子マネージャーも4人。
総勢49人(女子マネ6人を含む)の大所帯だ。
コロナ禍の影響を受け、3月に始まった休校期間は5月いっぱいまで続いた。いつもと違う春に、思うように部員勧誘ができないクラブは、全国にたくさんあった。
青山高校だって変わらない。例年なら入学式の日、各部の部員たちがずらりと並び、1年生たちを迎える。ラグビー部は気迫と数で勝負だ。複数人で候補者を囲み、入部を勧める。部員確保がクラブ存続の生命線と理解しているから、並々ならぬ意欲でその日に臨むのが伝統だ。
1年のうちでもっとも大事と言ってもいい活動を、2020年の春は思うようにできなかった。
それなのに、女子マネも合わせて19人もの部員が入ってくれたのは、教室を使って部の紹介をする説明会を催し、フレッシュマンたちの心を動かせたからだった。
みんなで用意したプロジェクト。説明会当日に力を発揮したのが2年生の山本大(まさる)だ。CTBやFLとしてハードタックルを見せる男。説明会の日も、持ち前の当たりの強さを見せた。
知恵を持ち寄ってパワーポイントで資料を作り、ラグビーの魅力をいろんな角度から伝え、視覚と脳に刻み込んだ。そして、魂に訴えかけるような、山本の喋りがそこにいた新入生たちを惹きつけた。
「つい、熱くなってしまって」
本人は、そう照れる。
荏原五中の時はソフトテニス部だった1年生の川瀬修は、高校でも同じ競技を続けようと考えていたが、説明会に参加して気持ちが変わった。
「この学校で、いちばん本気になれるのはどの部だろうと思っていました。心を打たれました」
山本の熱弁に感激した。試合の映像にひき込まれ、先輩たちの体の大きさに憧れた。昨年のW杯での日本代表躍進を見て「凄いな」とは思っていたが、「まさか自分がやることになるとは」と話す。
部の熱を伝える責任を果たした山本は、練馬ラグビースクールでプレーしていた。ラグビー部のある北中野中出身。中学ラグビー部の部員が少なかったから思う。
「少人数にもいいところはあって、楽しかった。でも、たくさんの仲間とできる楽しさは、やっぱり、それ以上なんです」
説明会でも、素直に、その気持ちを語った。事前に用意した資料で足りないことは黒板に書いた。自身がラグビーをやってきて感じた素晴らしさを、そのまま伝えた。
監督を務める宍戸亮太先生は、勧誘の大部分を、部員たちの自主性に委ねている。
もちろんサポートはする。この春に作った勧誘のビラ(制作してくれたOB会に感謝!)には、W杯で人気者になった稲垣啓太の言葉をラグビーマガジンから抜き出して記し、新入生たちが知りたい情報もそこに載せた。
新3年生、新2年生の計28人のうち、中学からのラグビー経験者は3人しかいないこと。平日週2日はオフで、一日の練習は2時間以内。卒業生の進学実績も。
昨秋の花園予選でベスト8に入ったことも、ドーンと伝えた。
多くの新入生を集めるのが部の伝統になり、毎年それなりの成果をあげてきたけれど、試行錯誤の連続だ。
例えば強引に入部を勧めれば、一度は加わってくれたとしても、いつか歪みが起きる。何人もの部員が辞めていった年もある。
だから宍戸先生は、今年の1年生たちが笑顔でグラウンドを駆ける姿を見て目を細める。
「珍しいことに、15人中5人もラグビー経験者がいるんです。高校から始める子たちがもっと入ってくれたら良かったのですが、10人は楽しそうにやってくれている。それが嬉しいですね」
小松中時代はテニス部の下山冬雲(とうも)は、170センチで47キロ。友だちに誘われ、「ガタイがよくなると思って」と入部を決めた。
「ボールの動きが不規則で難しい。周囲との連係も。球技は苦手なのですが、ラグビーは楽しいです」
仲間ができたのも嬉しい。部の雰囲気が好きだ。
いろんな方法で部員集めをやってきて思うのは、甘い誘い言葉を伝えるより、自分たちの本気を示すことが、何より仲間を増やすことにつながるということだ。
みんな、高校時代に熱中できるものを探している。誰もが学業面で青山高校を選び、進学してきているが、3年間をもっと充実したものにしてくれるものがあれば幸せだ。
宍戸先生は今春の休校期間、在宅を余儀なくされている部員たちに、特にトレーニングについて積極的に呼びかけることはしなかった。なんだかんだいって、普段はラグビーに費やす時間も少なくない。期せずしてできた時間を、勉強にあてたい者が多いと思ったからだ。
「ところが、あとでみんなに聞くと、ラグビーに飢えていたと言うんです」
外苑前の土のグラウンドで楕円球と出会った少年たちが、たった1年、2年のうちにラグビーを愛し、逞しくなり、まっさらな新入生たちの生き方に影響を与えるまでの男に育つ。
秩父宮ラグビー場のすぐそばで、毎年、そんな物語が紡がれている。
そしてそれは、ウイルスが世の中をかき乱した2020年も繰り返されていた。