【ラグリパWest】坂尻龍之介、もうじき150キロ[東海大大阪仰星コーチ]
坂尻は多数の高校指導者のように保健・体育の教員ではない。現代文や古典を教える。
「数学のように答えがないところが面白い。同じ文章を読んでも、考え方、とらえ方は人それぞれですから」
今は週17時間の授業を受け持っている。
国語に興味を持ったのは高校時代。ラグビー部の部長でもあった先山実の授業だった。
「先生は生徒に考えさせていました」
可能な回答を出させることによって、知識の受け渡しではなく、生きるための知恵をつけさせる。当時のクラスメイト40人で本を作った。詩や俳句や短文など自分のスタイルを載せた一冊に楽しさが宿る。
高3時は副将として89回全国大会(2009年度)に出場。8強戦で優勝する東福岡に7−23で敗れた。その時のフッカーは1学年下の北出卓也。現在はサントリー所属で今回のワールドカップ戦士でもある。
大学は文学部。専攻は日本文学だった。
「クラスには部活動とは無縁な学生も結構いました。でもみんなよくしてくれました」
愛読書は夏目漱石の『文鳥』。「近代日本文学の父」が著した20ページほどの短編小説だ。初出は大阪朝日新聞。日露戦争講和から3年後の1908年(明治41)だった。
内容は、弟子に薦められ、文鳥をもとめて飼うが、死なせてしまう。
その文中、縁談が整った女にいたずらをした思い出などが短く挿入されていたりする。漱石の訴えたかったものは複雑に絡む。
坂尻は文鳥をラグビーに重ね合わせる。
「人それぞれ価値観が違います。ラグビーもそう。このラグビーは正しくない、はありません。ポジションも考え方も違う。それを持ち寄ってひとつのものを作っていく。そこに楽しさがあると思っています」
チームでは大学4年時に主将になる。3年まではケガなどで公式戦出場はなし。監督の木村季由(ひでゆき)の抜擢理由は、坂尻が学部で培った他者を認めるつき合いの広さ、すなわち、楕円球が訴える「多様性」を習得済みだったこともあったに違いない。
最終学年では公式戦出場を果たすが、リーグ戦は4勝3敗の4位。50回目の大学選手権(2013年度)は、予選プールで1勝2敗(7−10慶大、26−27明大、42−35立命大)と決勝トーナメントに進めなかった。
「意志を共有するのは難しい。みんなそれぞれ考え方がある。もっとみんなでしゃべりあえたらよかった、と思い返しています」
その反省を持って母校に戻り、6年目に入る。10歳上の湯浅の補佐をして、2回の全国優勝、1回の準優勝を経験させてもらえた。
湯浅は高大の後輩でもある坂尻を評する。
「ひたむきな部分はいいですね。語い力が豊富なので、伝え方を考えていけば、さらにいいコーチになると思います」
仰星は11月17日、大阪第3地区決勝で関大北陽を41−14で降し、2年ぶり19回目の全国大会出場を決めた。素早くパスをつなぐ高速ラグビーで相手を圧倒する。
昨年は全国連覇を狙ったが、地区決勝で常翔学園に7−54と予想外の大敗をした。そのこともあって、Bシードに選ばれたこの99回大会にかける坂尻の意気込みも強い。
「目標はもちろん日本一です。でも、みんなの最終的なゴールはそれぞれ違う。メンバーに入りたい。レギュラーになりたい。日本代表になりたい、など多様です。それらをサポートしてあげられように努力したいです」
個を尊重する姿勢は変わらない。
チームが全国を制すれば通算6回目。歴代4位タイの記録となり、天理、東福岡に並ぶことになる。