コラム 2019.11.09

【コラム】オールブラックス、イングランド、ジャパン。

[ 中川文如 ]
【コラム】オールブラックス、イングランド、ジャパン。
イングランドは80分間、オールブラックスに圧力をかけ続けた。(撮影/松本かおり)



 宴の終わった寂しさに包まれる日々。
 地鳴りを上げたジャパンの進撃に。そよ風のように列島を駆け抜けた温かい交流に。ワールドカップ日本大会に。

 そんないまだからこそ、改めて44日間のハイライト、あの準決勝に胸に刻んでおきたい。
 3連覇に挑むオールブラックスをイングランドが破った、エディー・ジョーンズ率いる母国が、王国を破ったあの夜のことを。

 勝っても負けても、いつだって必要以上なプライドに満ちあふれていたイングランドの、ひたむきな80分間。エディーの下で4年間の猛練習に耐えてきたからこその、ひたむきさにほかならない。
 この一戦に限れば、イングランドは弱者だった。世界のラグビーシーンで日本が常に弱者だったのと同じだ。弱者が強者に勝とうと思えば、先制パンチなしに道は切り開けない。

 キックオフ。深く蹴り込み、相手にタッチキックを蹴り返させた。マイボールラインアウト。大きく右へ、左へ、そして中央へ。開始からわずか1分36秒でつかみ取ったトライ。
 全てが織り込み済みだったはずだ。

 FWを密集近辺に並べ、2列隊形のラインを敷く。1列目を前に出す、あるいは、その裏にパスを通して外につなぐ連続。今風の戦術用語ならバックドアだ。ただ、それは凡庸な、形だけのバックドアではなかった。
 パスの受け手もおとりも必ず縦を突く、または突くぞと見せかける。

 今大会、絶不調のまま日本を去った世界最優秀選手、アイルランドのSOジョナサン・セクストンはどうだったか。バックドアからボールを持つと、彼は決まって外に流れながら次の動作に移っていた。防御側にすれば、それでは怖くない。次のプレーも外に向かうと簡単に予測できてしまう。

 イングランドは違った。縦を突く。すると視野が開け、次の選択肢は外に逃げるだけではなくなる。180度、全方位に仕掛けられるんだぞと。そう相手に訴えかけていた。だからオールブラックスの出足はコンマ数秒、鈍った。結果、先制パンチの先制トライはもたらされた。

 防御に転じれば、赤いバラを胸に挿した男たちは前へ前へと刺さり続けた。どんな相手も懐深く受け止めようとし続けてきた男たちが、だ。
 もちろん、やみくもに飛び出しはしない。ささっと間合いを詰め、必ず相手の半歩、外を抑えた。シダの葉を胸に飾った男たちは、面と向かって縦に抜けることもできず、外に振りきることもできない。仮に内を突かれたとしても、そこには密集から味方がいち早く助けに来てくれる。

 攻めては縦。守っては半歩、外。肝を押さえてしまえば、やるべきことはシンプルだ。シンプルだからこそ、80分間を貫き通すことは難しい。エディーは、イングランドの選手たちは、その難しさをわかっていた。わかっていたから、狂気を発散させながらシンプルで尊いプレーに徹した。シンプルで難易度が高いからこそ、集散の素早さも研ぎ澄まされていた。

 そのイングランドを決勝で凌駕した南アフリカも、前へ前へと、刺さる防御を貫いた。それはイングランドのさらに一段上のレベルに達していた。
 はたと立ち止まって考える。
 これ、展開、接近、連続じゃないか?

 アジア初のワールドカップを機にラグビーに目覚めた方々には、耳なじみしない言葉かもしれない。1960〜70年代、日本ラグビーの礎を築いた故・大西鐵之祐が編み出した戦術だ。
 小さき日本人が世界で勝つため、俊敏さを最大限に生かし、機先を制し続ける。ボールを展開し、相手と接近し、すれ違いざまに仕掛ける。守っても接近し、相手がボールを手にした瞬間にタックルを見舞う。縦。半歩、外。肝はそこだった。

 大西の母校・早大では揺さぶりとも呼ばれた。振り子のように左右を行き来する揺さぶりは、外に逃げる印象が強い。が、実相は違う。大切なのは縦を突く動作。縦に勝負するからこそ、外が生きる。それがなければ延々、相手に追い回されるだけだ。
 大西は、かすれた野太い声で叫んでいた。
 逃げちゃダメなんだ、と。

 大いなる夢想をお許しいただきたい。
 日本でプロコーチとしてのキャリアを歩み始めたエディーが、あのオールブラックス戦で貫いた何たるかは、展開、接近、連続だったのではないかと。
 そうですよね?
 機会あれば、エディーさんに聞いてみたい。
 ラグビーの真理は古くて新しい。

あの夜のことを改めて刻んでおきたかった理由だ。
 ついでに加えれば、大西が考案した「カンペイ」と呼ばれるサインプレーがある。おとり役を演じるアウトサイドCTBの裏、背中ぎりぎりにパスを通し、真打ちのFBが湧き出てくる攻め手。
 繊細なバックドアと言い換えてもいい。


【筆者プロフィール】
中川文如(なかがわ・ふみゆき)
朝日新聞記者。1975年生まれ。スクール☆ウォーズや雪の早明戦に憧れて高校でラグビー部に入ったが、あまりに下手すぎて大学では同好会へ。この7年間でBKすべてのポジションを経験した。朝日新聞入社後は2007年ワールドカップの現地取材などを経て、2018年、ほぼ10年ぶりにラグビー担当に復帰。ツイッター(@nakagawafumi)、ウェブサイト(https://www.asahi.com/sports/rugby/worldcup/)で発信中。好きな選手は元アイルランド代表のCTBブライアン・オドリスコル。間合いで相手を外すプレーがたまらなかった。



PICK UP