その他 2019.09.12
映画『ブライトン ミラクル』が示した二つの奇蹟(後)

映画『ブライトン ミラクル』が示した二つの奇蹟(後)

[ 編集部 ]

「誰もが、この企画は終わったと思った。でも、私はなんとかこの脚本を形にしたいと考えていたし、マックス・マニックス監督の目の奥に『あきらめないぞ』という光があったのを見逃さなかった」

 一人、またひとりとプロジェクトから人が離れていく中、工藤さんは監督を励まし続けたという。「私は絶対に去らない。この映画のそばにずっといる」

 上映後の舞台挨拶に登壇したマニックス監督は涙を浮かべて、横に並んだ役者たち、そしてプロデューサー兼音楽監督のニック・ウッドさんに感謝を述べた。ラグビー日本代表のコーチ(スポットのディフェンススキルコーチ)経験もあるマニックス監督があえて言う。

「単なるラグビーの話にはしたくなかった。人間が大きな試練を乗り越える挑戦の物語。周りの人が『ダメだ、そんなこと叶うはずがない』と言う中でも、日々の努力をやめないこと。自分であり続けること。その大切さを伝えたかった」

 不屈の信念を謳うこの作品が奇しくも見舞われた試練が、どれほど深刻であったか。現在も配給(劇場での公開)が決まっていないことからも、彼らが這い上がってきた淵の深さは伺える。この映画は「ワールドカップが始まる中、親しい人と気軽に見てほしい」(プロデューサーのウッド氏)とネットで配信されているが、ぜひ、劇場で観てほしい作品だ。

 居間でなく、劇場で。

 9月11日の試写会場には、英語圏の記者、関係者と日本人とが隣合って座っていたが、場内の照明が落ちてからの場面、場面対する反応は、時に大きく違った。隣の人が笑うと、自分たちがわらわれている感覚になることがある。きっとその逆もあった。もちろん、みんなで笑ったり、哀楽を共有できたりするシーンも。ラグビーを含むさまざまな文化の違いの中で、人は差別感やコンプレックスを互いに持つことを、スクリーンの前で実感させられた。それはリビングで家族と観る「ブライトン ミラクル」では味わえない、この作品の醍醐味だと思う。

 多様性と寛容さ。ラグビーと日本がいつも直面するテーマが頭を巡った。これが日本に14年間も住んだことのあるラグビーマン、マニックス監督が仕掛けたトリガーだとしたら、漏らさず味わいたい。

 作品の外のもう一つのチームは、今も奔走しているのではないか。工藤さんの言う奇蹟はまだ完結していない。『ブライトン ミラクル』は劇場で体験したい映画だ。

中央は「JR」役のマサ・ヤマグチさん。実在のスタッフ・大村さんを好演した。作中にはエディ、リーチマイケル始め本人インタビューも度々登場する(撮影・松本かおり)
中央は「JR」役のマサ・ヤマグチさん。実在のスタッフ・大村さんを好演した。作中にはエディ、リーチマイケル始め本人インタビューも度々登場する(撮影・松本かおり)


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