コラム 2018.10.29

高校ラグビーの至宝、最後の花園予選に挑む。 大阪朝高 李承信

高校ラグビーの至宝、最後の花園予選に挑む。 大阪朝高 李承信
練習前に笑顔を見せる大阪朝鮮高級学校の主将・李承信(り・すんしん)。
東大阪市の同校グラウンドにて
 高校ラグビーの至宝である。
 李承信(り・すんしん)。
 2年生で高校日本代表に選ばれる。
 最終学年の今年は大阪朝高の主将となり、4年ぶり冬の全国大会を目指す。
 綾部正史はユーモアのセンスに優れる。
「スンシンは大学2年生や。だから、おまえら負けてもしゃーないよ」
 この冬、初の花園制覇を狙う監督ですら、冗談にくるみ、絶賛するレベルにある。率いる大阪桐蔭は昨冬の花園、今春の選抜と全国大会で連続して準優勝している。
 センターの位置から外へのスワーブ、内にカットイン。175センチ、82キロと均整の取れた体は当たりも激しい。正確なパスで人も生かせる。キックは60メートル級だ。
「ボールにね、モーターが入ってるんですわ。せやから、キックもよう飛ぶ」
 綾部のジョークは続く。
 大阪朝高の監督・権晶秀(くぉん・じょんす)は言う。
「部員たちにはいつも、ひとりでラグビーをするな、と言っています。でも、スンシンを見ていたら、ひとりでできていますよね」
 試合形式の練習では、ただひとり1年生中心のBチームに入り、自陣ゴール前から7人を抜き、トライまでもって行く。
 躍動のひとつの要因は高校日本代表で受けた悔しさである。今年3月のアイルランド遠征では、最終のU19アイルランド代表戦でリザーブになった。ベストメンバーで臨む一戦は40−24と勝利したが、出番はなかった。
「もっと上を目指したいと思っています」
 今年7月には神戸製鋼の練習見学に灘浜グラウンドを訪れた。来日間もないダン・カーターがおり、即席でキックを教えてもらう。
「蹴る時に肩を開かない、ヒザから下のスイングを早くする、という2点を教わりました」
 同じ至宝。「世界」から「高校」へ、その技は受け継がれる。
 蹴る足と同じ側の肩が開けば、軸がぶれる。下の蹴りが早くなれば、ボールにより力が伝わる。×と〇を合わせれば飛距離は伸びる。
 紹介をしたのは、チームディレクターの福本正幸だった。承信は4歳から兵庫県ラグビースクールで競技を始めたが、その中学時代に福本は指導員をつとめた。周囲もこの才能の塊への協力を惜しまない。
 今年5月にはヒザを痛めた。災いから、コンディショニングの大切さを学ぶ。
 これまでは、見向きもしなかったストレッチに30分ほどの時間をかける。足や腰の筋肉をほぐし、ケガの予防を徹底する。
 さらには、体作りの根幹となる食事にも気を遣うようになった。1日4000キロカロリーを摂取。OB会が購入してくれた専用アプリで常にカロリー計算をしている。
 帰宅してからの晩ごはんは、父の李東慶(り・とんぎょん)がこしらえてくれる。
「父はなんでも作れます。僕が一番好きなのはトンテキです。醤油ベースのソースをかけていただきます。とても美味しいです」
 母の金永福(きむ・よんぼく)は、承信が小6の時に婦人病で亡くなった。
 父は男盛りに関わらず、お手伝いを置くだけで、再婚をしない。承信の女親代わりもつとめる。登下校時の送迎もこなす。神戸の高台にある自宅から、海側を走る阪神電車の駅へは車で15分ほどの距離がある。
 父は神戸朝高、朝鮮大でプロップだった。今は、親族らと建設関係の会社を経営する。
 承信には2人の兄がいる。
 年長の承記(すんぎ)は法政大の4年生プロップ。年少の承爀(すんひょ)は帝京大の2年生フッカー。ともに大阪朝高OBだ。
「兄たちが帰ってきたら、三宮のセンター街に出かけて、服などを見たりしています」
 兄弟3人で神戸の繁華街に繰り出すのは楽しい。進路は次兄がおり、大学選手権10連覇を目指す帝京大を希望している。
 兄たちは、ともに花園に出た。承記は3年間、承爀も1年の時に経験済みだ。
「僕ひとりだけが出ていません。だから、絶対に出たいです」
 聖地到達には、主将としてチームのとりまとめが不可欠だ。参考にしているのは福井翔大(現パナソニック)。昨年度の高校日本代表の主将は、直前合宿に脳震とうを起こし、遠征に参加できなかった。
「ショータさんは行けないことがわかっていながら、最後までメンバーに話しかけ、戦術の落とし込みをしていました。格好よかったです。自分もそういうふうになりたいです」
 責任感は日ごとに増す。軽いケガなら練習参加をする。権が監督権限で休ませようとしても、気がつけばグラウンドに立っている。
 大阪朝高の創立は1952年(昭和27)。朝鮮半島にその祖を持つ高校生たちが、北や南の地域に関係なく、朝鮮語で民族学などを学ぶ。承信は韓国籍である。
 ラグビーの創部は1972年。全国大会出場は9回。最高位は4強だ。ただ、94回大会を最後に3大会、全国から遠ざかっている。
「在日同胞の方々も出場を待ち望んでおられると思います。そのためにも使命感を持って、すべての試合に臨みたいです」
 府予選はAシードとなり、3地区あるうちの第2に入った。Bシードは同志社香里、Cシードは浪速、近大附属。3つ勝てば全国への扉が開かれる。
 府予選初戦の相手は、3校のリーグ戦を制した桃山学院。11月4日(日)、関大北陽グラウンドで午後1時にキックオフされる。
 亡き母を含め、たくさんの人々の期待を受け、承信にとって最後の挑戦が幕を開ける。
(文:鎮 勝也)

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