コラム 2018.10.11

【向 風見也コラム】「84―0」の意味

【向 風見也コラム】「84―0」の意味
9月29日におこなわれたサントリー(黄)×日野の練習試合(撮影:見明亨徳)
■大敗後、佐々木隆道が話した課題は、昔の仲間でもある有賀の意見とやや重なった
 手動の得点板にある「84―0」の意味は大きい。
 日野自動車のラグビー部、日野レッドドルフィンズの契約選手である元日本代表の佐々木隆道は、9月29日、3年前まで汗を流していた東京のサントリー府中グラウンドへ客人として訪れる。自軍と前所属先であるサントリーサンゴリアスとの練習試合を観るためだ。
 佐々木は結局、同僚が古巣に大敗する様子を見届ける。クラブハウスを去る際に残した言葉は、前所属先へのイメージだった。
「トレーニングがしっかりしているんじゃないですか。(際立っていたのは)細かなこだわり、ひとつひとつのプレーのコミュニケーション。常にいいチョイスをしていた」
 国内最高峰トップリーグで2連覇中のサントリーが今年その舞台に上がったばかりの日野を凌駕したのは、日頃から癖をつけておかないとおざなりになりがちな所作の積み重ねだった。倒れたランナーのほふく前進と後方への球出し、接点ができるとほぼ同時の布陣形成、タックラーの起き上がるスピード、接点に腕を差し込むかどうかの判断の妥当性…。
 この日はどちらも、これからレギュラーを目指す選手を多く出場させている。主力同士の公式戦と違い、外部からの戦力補強や固定メンバー化による連携強化といった策は通じないのだ。要は、その組織の地金が試されていた。
 守る日野が「前、見ろ!」というより先に、サントリーの大外の選手が目の「前」を見て防御網の隙間を探していた。トライを連取される日野の円陣では、前年度に神戸製鋼から加入の田邊秀樹が真実に近そうな激を飛ばす。
「1人ひとりが上げていくしかないって! ワークレート!」
 日野の細谷直監督は「チーム力全体としての実力差は相当、ありました。動き出しの速さ、ブレイクダウン(接点)に入るスピードなどが全く違いましたね」と潔い。トップリーグ初年度は大量補強を断行して初戦勝利も、今度の「84―0」を受けこう認めた。
「Aのところは(他チームとの差が)縮まっているけど、チーム全体としてはまだまだ縮まってはない。これは、チーム全体にも話しました」
 一般論として、シーズン中の首脳陣は主力組のチェックに注力する。限られた陣容で白星をもぎ取ろうとすればなおさらだ。しかし、勝利を希求する組織の意思決定の裏では、輪から外れる選手の処遇やモチベーション維持という新たな検討課題が発生しうる。主戦クラスに故障者が出た際には、それが直接の敗因ともなりうる。
 スーパーラグビーに挑むサンウルブズの流大主将は開幕9連敗中の今春、ジェイミー・ジョセフヘッドコーチに「ノンメンバー(次のゲームに出ない選手たち)とも対話を」と働きかけている。流は部員数3桁の帝京大の主将として、大学選手権6連覇(現在9連覇中)を達成している。チームの魂を左右しうるファクターがボスの定めた「枠」の外にもあると、皮膚感覚でわかっているのだろう。
 流の国内所属先でもあるサントリーでは、試合前日練習後のノンメンバー組のセッションが名物のひとつとなっている。要所で沢木敬介監督もその輪に加わり、かすかな弛緩を見逃さない。「84−0」よりずいぶんと前に、率直な口ぶりで明かしていた。
「チームとして勝たなきゃいけないんで、当たり前ですよ。Aだから、Bだからといってコーチングに差をつけるのはやっちゃいけないというか、考えたこともないです。逆に、ああいう選手たち(控え組)の方が伸ばすための策、きっかけを与えてやんなきゃいけないし、あのメンバーが強くなると、チーム全体のレベルが引きあがる。だから僕は、ノンメンバーのトレーニングは必ず見ます」
 そのノンメンバー組のセッションでよく音頭を取るのは、元日本代表の有賀剛バックスコーチだ。
「84−0」を終えると「僕らはAチーム、Bチームという呼び方はしない」とし、「常に競争をしてきたクラブでもありますし、コーチとしても常にレベルの高い練習を積み重ねてきた」と続ける。
 今季は第3節で神戸製鋼に20―36で敗れ、続く第4節でもNECに47―31と大量失点を喫している。後の第5節も昨年度12位の豊田自動織機に35―24と勝ちながら苦しんだ格好だが、この時点では「84−0」を飛躍のきっかけにしたそうだった。
「第3節で負け、第4節でも納得のいくゲームができていなかった。きょうはそういった思いを、いつものノンメンバーたちが表現してくれたと思います。ディテールのところは練習中から言っています」
 コーチ就任2年目の有賀は、所属選手でオーストラリア代表102キャップマット・ギタウの知見を「自分も勉強になる」「彼の良さをどれだけチームに反映させられるかを考えながらやっています」と業務に反映。他方で「外国人選手がサントリーのカルチャーを学び、フィットしていく。それがうちのストロングポイント。ギッツ(マット・ギタウ)もうちのやることを100パーセント、やろうとしている」と、コーチと選手の間のレイヤーが自然とできあがっている点も凄みだとする。
「色々なことを落とし込むのは僕らですけど、最後は選手たちが自立してそれを(高みに)持っていけるかが鍵を握ると思っています。自分が選手の時も、そうだったと思いますもん。最後は選手たちがどれだけ話して、やり切るかです」
 負けた日野の選手とて、タックルをしたら速く起きた方がいいことも、ボールを持たないうちからボールをもらう準備をしていた方がうまく攻められることも知っているはずだ。しかし、強度や速さのある試合でそれらを遂行しきるには、個々が相応の筋力や持久力を備えていなくてはならない。
 さらに、この楽しくも苦しいラグビーという競技は、チームスポーツでもある。選手、コーチ、スタッフを含めた全構成員の意識、態度、練習設計、生活形式が掛け合わさってできたチーム力が、個々の基本プレーにかける意識や態度を左右しうる。サントリーの食堂の壁に栄養素などに関するクイズが貼られていること、沢木監督が緊張感のないエラーが起こればベテランにも若手にも厳しく接することに接すると、最近の勝因は潤沢な予算と優れた選手の採用だけではないとわかるだろう。
 トップリーグには、サントリー以外にも矜持のにじむクラブがある。だから今季どこが優勝するかは神のみぞ知る。もっとも、サントリーのクラブとしての格がそう簡単には落ちないのも確かだろう。
 そのサントリーへ有賀とともに2006年度に入った日野の佐々木は、チーム作りの妙にまつわる残酷な真実を熟知している。だからこそ下部のトップチャレンジリーグ時代から、若手の意識改革に専心。もっとタフなトレーニングを課されてもよいと、取材の場で話したこともある。
「84―0」の後に話した自軍の課題は、昔の仲間でもある有賀の意見とやや重なったか。
「選手がしっかりと練習の質を上げていかないといけない。そこです。スタッフもよく自分たちへミーティングもしてくれて、組み立てられたコーチングをしてくれている。そのなかでクオリティを作っていくのは、選手です」
 チームは迎え入れる選手がその場で命を燃やしたいと思える風土を作り、選手はどんなチームでも練習の質を上げる当事者になろうとする。その相乗効果が求められるのは、トップリーグのクラブでも、全国大会を目指す公立高校でも、ジョセフが率いる日本代表でも変わらない。
【筆者プロフィール】
向 風見也(むかい・ふみや)
1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学部卒。2006年よりスポーツライターとなり、主にラグビーに関するリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポルティーバ」「スポーツナビ」「ラグビーリパブリック」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(共著/双葉社)。『サンウルブズの挑戦』(双葉社)。

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