コラム 2018.09.20

【藤島 大コラム】懐かしさの未来

【藤島 大コラム】懐かしさの未来
2012年6月20日(秩父宮)ジャパンXV vs フレンチ・バーバリアンズ(撮影:福地和男)
■トップ級のチームのジャンパーは、「ひとりで跳んでみな」と命じられたら、リスタートのボールを空中でつかんでみせる。
詩人の茨木のり子の住居は、早稲田大学ラグビー部の東伏見グラウンドを見下ろすような土地にあった。大昔、たぶん大学3年の秋某日、砂埃の中を走ってばかりの部員であった本稿筆者は、『わたしが一番きれいだったとき』を書いた人の家を知りたくなって、寮から自転車をこいだ。あった。「ここに好きな詩人は暮らしているのか」。ただ玄関に目をやって去った。
茨木のり子の『六月』はこう始まる。
「どこかに美しい村はないか/一日の仕事の終りには一杯の黒麦酒/鍬を立てかけ 籠を置き/男も女も大きなジョッキをかたむける」
それにならって短い詩をここに。
「どこかに懐かしいチームはないか/脇の下のたるんだ綿ジャージィ/白襟を立て 茶の革の球抱え/フォワードの八人全員ラックに埋まる」
放送席や記者席から、トップリーグの監督やコーチの様子をたまに見る。ラップトップにあふれる情報。絶え間ない無線の指示。自分で脱げないピッチピッチのジャージィ。いちばん安い鰻定食にのった薄い一片のサイズの襟らしきもの。もちろん、なにひとつ間違ってはいない。
ただ懐かしくなる。雨が落ちると重くなるジャージィとボール、監督と数名のコーチやマネージャー、ラグビーを好きだから休日返上のチームドクター、あとは選手だけのチーム編成。攻撃のスクラムがほどけると8人がひとつの方向へものすごい勢いで駆け出す。あの時代を。
昔話といえばそうだ。茨木のり子は2006年に79歳で亡くなった。ひさしぶりに追悼特集の『現代誌手帖』を引っ張り出し、ページを繰ると、東伏見からの連想か、1980年代のラグビーが記憶に重なった。そして想像する。いま襟付き綿ジャージィで試合に臨んだら敗れるのだろうか。
2012年6月。来日のフレンチ・バーバリアンズは、あえてクラシックな襟付きのゆったりとしたシルエットの旧式ジャージィをまとつた。プロップ、元フランス代表のリオネル・フォールに試合後、聞いた。それを着ると、いまの時代は負けますか?
51−18でジャパンXVを退けたばかりの当時37歳のベテランは言った。
「土砂降りでなきゃ変わらない」
もうひとつ。FW8人が、みんなで球を追い、ラックに突っ込む。相手のアタックの方向へ層をつくりながら必死に前へ出て、あるいは深く戻る。この旧式をまったく捨て去るべきか。まあ、いきなり試合で試したら、片側サイドがスカスカになる。競技ルールおよびレフェリングの適用の変遷で、ドカーンと8人近くが密集に体をぶつけても、昔みたいに球の奪取はかなわなくなった。
しかし、たまに思う。初心者ばかりの高校、一般受験合格者でなんとかチームをこしらえる大学は、ある段階まで、いったん全員がひとつのボールを追いかけ、つまり「合理的分業」に安易に逃げず、FWは左右両サイドのどちらの攻守も担う。その訓練を重ねる。ついでにキックオフやラインアウトもリフティングなしに跳んでみる。そうして身体に根源的なクセというか「ラグビー本能」をまず培う。幼少から楕円球に親しみ、強豪中学や高校で経験を積んだ者の集う学校に勝とうとするなら、いっぺん通ったほうがよい道だ。
そのうえでしかるべき時期に、モダンな方法を教え込んでいく。遠回りみたいで、実はこのほうが目標に近づける。ラグビーという球技経験の絶対量の差を埋めるには「リフティングなしに跳んでキャッチできるくらいの感覚を身につける」のが前提だ。反対から考えると、トップ級のチームのジャンパーは、競技を始めてからずっとリフティングに支えられてきても、「ひとりで跳んでみな」とコーチに命じられたら、リスタートのボールを空中でつかんでみせる。
未来を創造する。停滞は退歩だ。慣習は凱歌の敵。そうであるなら過去に未来のヒントを見つけるのも有効だろう。懐かしさは、きょうより、むしろ、あすに結ばれる。
前掲の追悼特集の『現代誌手帖』に、詩人、中江俊夫の一文がある。茨木のり子を悼む号なのに、ひとり、純粋な詩作の観点で批判している。「日常や世相を活写して意見や態度姿勢を上手に示されると、表現の仕方は単純明快だからあいづちをうって合点するけれど、それでおしまいだ」。なんか、いいなあ。
自分の好んだ人を否定されて、そう感じた。簡単に同調しない。長いものに巻かれない。これ、ラグビー理論の創造に必要な精神ではないか。
【筆者プロフィール】
藤島 大(ふじしま・だい)
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。著書に『人類のためだ。ラグビーエッセー選集』(鉄筆)、『ラグビーの情景』(ベースボール・マガジン社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)、『楕円の流儀 日本ラグビーの苦難』(論創社)、『知と熱 日本ラグビーの変革者・大西鉄之祐』(文藝春秋)などがある。また、ラグビーマガジンや東京新聞(中日新聞)、週刊現代などでコラム連載中。J SPORTSのラグビー中継でコメンテーターも務める。

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