コラム 2018.04.25

残りの人生をコーチングにかける。 関西大学・森拓郎FWコーチ

残りの人生をコーチングにかける。 関西大学・森拓郎FWコーチ
この4月から関西大のフルタイムコーチになった森拓郎さん。
正社員の座を捨て、引っ越しをしてコーチングにかける。
 覚悟には行動がともなう。
 新築の一戸建てを売り、定年まで保障された仕事を捨て、福岡から大阪へ引っ越した。
 宗像サニックスOBの森拓郎は、この4月、関西大でフルタイムのFWコーチになる。
 47歳からの人生をラグビーにかける。
 咋秋、関西大監督の桑原久佳に酒場の片隅で問われた。
「電気を売るのもいいと思うけど、それだけで毎日、楽しいですか? 学生の成長を見続けていくのも楽しいと思いますけどね」
 当時、サニックスの正社員として新電力事業部に属し、「売電」をしていた。
 桑原の言葉は、森に響く。
「離れた人間を誘ってくれることなんてそうはない、チャンスととりました。それに、会社の替えはなんぼでもおるけど、カンダイのコーチの替えはそんなにいない、と」
 森は2015、2017年度に関西大のコーチをする。どちらも仕事のオフを利用していた。咋年は福岡から大阪に単身赴任が決まり、2度目の声かけがあった。
 今回はさらに踏み込んだ提案だった。
 生まれも育ちも福岡の妻・か奈子は反対しなかった。
「おとうさんがやりたいことをやっていいよ」
 子供2人、中学1年の泰造、小学3年の今日子も支持してくれた。
「おとうさんの決めたことについていく」
 家族は大黒柱の決断を尊重してくれた。
 森は1年半前、サニックスの本拠地・宗像に4LDKの一戸建てを新築した。
 ところが、その二階家で一緒に生活を送るつもりだった義母・睦(むつ)が世を終える。
「去年の3月10日でした」
 祥月命日を忘れない。哀惜は続く。
 ただ、土地への縛りはなくなった。
「それが第一の理由でした」
 森はサニックスを退社。吹田(すいた)にやってきた。約600キロを東上する。
 身分は一年ごとの契約職員。現在は3LDKの賃貸マンションに暮らす。部屋数はひとつ少なくなった。その中で、泰造は地元の吹田ラグビースクールに通い始める。
 学生との毎日は楽しい。
「社会人に比べたら素直です。特にここは、まじめな子が多い。酒もタバコもやった自分の時のことを思うと全然違います」
 過去を振り返り、目じりは下がる。
 関西大ヘッドコーチの園田晃将はサニックスの後輩にあたる。年はひと回り下になるが、先輩・森との指導をよろこぶ。
「心強いです。これまで2年、一緒にやらせてもらっていることもありますから」
 正職員でもある桑原は話す。
「人ひとりの一生を変えてしまいました。これからは森さんの人生に責任を持ちたい」
 3歳下にもかかわらず「さん」づけするところに尊敬が浮かぶ。
 森は兵庫・芦屋南高(現兵庫県立国際)でラグビーを始め、名古屋商科大に進んだ。熊本にあったニコニコドーで競技を続け、廃部とともにサニックスに移る。
 ポジションはFW第3列。現役時代のサイズは184センチ、90キロ。日本代表ヘッドコーチのジェイミー・ジョセフともプレーをする。トップリーグ元年の2003年度を最後に現役引退。その後はコーチを歴任。2013年度のFWコーチを最後に社会人ラグビーからは身を引いていた。
 楕円球人生で、特に影響を受けたのはクリスチャン・ガジャンだ。2005年に「ディレクター・オブ・ラグビー」についたフランス人は、ボールを動かし、ギャップを突くサニックス・ラグビーの原型を作った。
「彼は人と向き合うんです。試合のデーターを出してきても、『この子の能力を引き出すのはこれじゃない』と。すべてにしなかった」
 走行距離やタックル回数などの分析は参考にしながらも、選手そのものに寄りそう。
 ガジャンが来た時、現役だったNO8イシトロ・マカ(元ニュージーランド代表、トンガ代表元監督)との思い出がある。
「彼はすぐに太ってしまうんです。それで、みんなから厳しいことを言われて、へこむ。でも、ガジャンはかばう。『彼は28歳の少年だ』と。一緒に教会に礼拝に行ったりね。すごいなあ、と思いました」
 森にはガジャンが持つ人間愛を受け継ぐ。
「4年生がCチーム(三軍)でも頑張ってくれる雰囲気を作っていきたい。カンダイのラグビーはずっと続いていきますから」
 最上級生がレベルに関係なくチームを引っ張り、下級生がついて行く。その姿を伝統として、永続性を高めたい。そのため、練習中には4年生を中心に丹念に声をかける。
 戦法的にはアタックを充実させたい。
「カンダイはリアクションとタックルに重点を置くディフェンス型のチームです。自分はそこに色々なオプションを付け加えていきたい。今までアンストラクチャーの強いチームでやってきましたからね」
 サニックスのように、一瞬できたほころびを突く攻撃的なラグビーをも95年の歴史を誇るクラブに根付かせたい。
 関西大は2013年から関西Aリーグではあるが、これまで5年の成績は安定しない。
 8位(降格)、B1位(昇格)、4位、8位(同点残留)、5位。
 上位定着に向け、森は半世紀弱の人生で得た知恵や人間性をチームに注ぎ込んでいく。
(文:鎮 勝也)

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