コラム 2016.11.12

タックルとチャリティーと近鉄。アンソニー・ファインガ、語る。

タックルとチャリティーと近鉄。アンソニー・ファインガ、語る。
常に体を張ったプレーを見せる。(撮影/松本かおり)
 じわじわと近鉄ライナーズの顔になりつつある。南アフリカ戦勝利の立役者、LOトンプソン ルークが前でチームをまとめるなら、オーストラリアから新しく加入したCTBアンソニー・ファインガは後ろからメンバーを奮い立たせる。
 トップリーグはここまで9試合すべてに先発出場。リーグの『オフィシャルファンブック』にはその寸評が載る。
「鋭いタックルは必見!ディフェンスで流れを変えられる男」
 サイズは182センチ、92キロと日本人並み。ただし、その瞬間のスピード、相手の芯に入るコンタクトの強さはオーストラリア代表だった正当性を物語る。8月26日、リーグの関西開幕戦となったサントリーサンゴリアス戦では、後半11分、ボール保持者のLO真壁伸弥にぶちかましをかけ退場させた。
 普段のファインガはプレーぶりとは正反対。穏やかで礼儀正しい。ややたれ気味の目はさらに下がり、口は半月に開く。
「近鉄は私が今まで所属したどのチームよりもハードワークをします。社員選手は朝にウエイトをして、昼間は仕事をして、夜はまた練習に参加する。それが印象的でした」
 ブランビーズに4年、レッズに8年とスーパーラグビーチームに所属しながら、今いるチームに敬意を表す。お気に入りは同学年でバックアップが多いSH福地達彦。タックルとパスさばきが長所である8年目だ。
「フクチはいつも一生懸命ですから。ピカチュウに出てくるキャラクターに似ているところもいい」
 ファインガは1987年2月2日生まれの29歳。首都・キャンベラ出身だ。父はトンガ、母は先住民族・アボリジニにその祖を持つ。5人弟妹の長男。子供たちはラグビーに長けた血を受け継いだ。双子の弟・サイアはレッズのHOで代表キャップ36。4歳下の末弟・コルビーはレベルズのFLである。
 セントエドモンズ高では高校代表。18歳の2005年にブランビーズと契約する。U19、U21と順調に母国の世代代表を経験する。
 初のフル代表は2010年7月31日。メルボルンで行われたトライネーションズのニュージーランド戦だった。背番号21のファインガは後半37分、SOマット・ギタウと交代出場。同僚CTBと監督は現在パナソニックワイルドナイツに在籍するベリック・バーンズとロビー・ディーンズだった。相手SOはダン・カーター。ホームでの記念すべきデビュー戦は28−49で敗れたが、ファインガの本格的な国際キャリアはここから刻まれる。
 キャップを23に積み上げた後、極東の島国でプレーすることについて背中を押してくれたのは、五郎丸歩である。現在フランスのトップ14、トゥーロンに所属する日本代表FBはこの春、レッズに在籍した。その中で会話を重ねる。
「ゴローはよい友人です。彼とは遠征の時によくホテルの同部屋になりました。その時、『君の常に全力でするプレースタイルは日本に合う。行くべきだ』とすすめてくれました」
 この国には妻を伴ってきた。アジア圏に足を踏み入れるのは初めてだった。
「東京は街が大きくてびっくりしました。大阪では妻は心斎橋や梅田に出て、色々なお店をのぞいて楽しんでいます。私は日本が好きです。戻りたくない」
 最後は冗談が口を突く。来年2月には待望の第一子が生まれる予定だ。
 キリスト教のカトリックを宗教として持つファインガは、慈善活動にも熱心だ。2011年から弟たちと「乳がん撲滅」いわゆる「ピンクリボン」のチャリティーイベントをする。年1回は篤志家たちとフルディナーをとり、自身も喜捨した上で、寄付をつのる。今年で6回目になる会食は11月6日にあった。ファインガはチーム休暇を利用して、一時帰国して参加する。100人で始まった食事会は今では約600人に膨らんだ。通年で集まった50万豪州ドル(約4000万円)は「National Breast Cancer Foundation」(国立乳がん基金)に全額寄付された。
「元々は私のナンバー1のサポーターである祖母が乳がんになったことがきっかけです。その時、直感として『私は祖母も母も妹も妻もいる。この女性特有の危険な病気をなんとかしなくてはといけない』と感じました」
 世界的トップレベルのプロスポーツ選手がそうであるように、ファインガもまた他者を慈しみ、援助する心を強く持っている。
 近鉄のウインドウ・マンス明けのトップリーグは12月3日、NECグリーンロケッツ戦(大阪花園、午前11時45分キックオフ)だ。ここまで9戦2勝7敗。勝ち点13で16チーム中13位に沈む。残り試合は6である。
「自分たちでコントロールできるところでの失敗が多い。スクラムを含めたセットピース、オフロードパス、運動量…。サントリーと戦ったシーズン最初に戻らないといけません。近鉄はチームとしてもっとやれるはずです」
 ゼネラルマネジャーの木村雅裕は言う。
「彼はケガを申告せず、我慢してやる。『痛い』とか『しんどい』とかを言いません」
 南半球の大陸出身にも関わらず、ハートは「義理人情」を重んじる浪花節。ファインガは近鉄を再浮上させる先頭に立つ。
(文/鎮 勝也)

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