コラム 2013.05.23

エディージャパンを応援する  向 風見也(ラグビーライター)

エディージャパンを応援する
 向 風見也(ラグビーライター)

 メディア向けの発言をする際、気をつけていることはありますか。

 日本代表のエディー・ジョーンズ ヘッドコーチ(HC)は、サントリー監督時代に即答した。

「対戦相手に敬意を払います。あとは、次の試合が楽しみになるようなことを話します」

 ACTブランビーズのHCとして2001年度のスーパーラグビーを制覇。母国のオーストラリア代表HCとしても、地元開催の03年ワールドカップ(W杯)で準優勝を成し遂げた。2007年フランスW杯では、南アフリカ代表チームアドバイザーとして優勝に貢献している。要は、世界各国で結果を残してきた指導者なのだ。勝負の厳しさは本当の意味でわかっているはずで、ひとつくらい外部に伝えたくない話があってもおかしくはあるまい。

 本当の本当に、「敬意」とか「楽しみ」以外に留意点はないのでしょうか。

「確かにひとつも話さないのが一番簡単ですが…」

 人呼んで「エディーさん」は、質問者の肩を叩いてこう笑うのだった。

「それはオールドパッションです」

 ジャパンを率いて2年目のジョーンズHCは、話の上手なコーチである。

 例えば、日本が目指すラグビーについて。

「世界のトップ10を目指します。そのために、世界一のフィットネスとアタッキングラグビーを身に付けなければならない」

「日本はラグビー界のiPhoneになる」

 勝負を制する上では、他の誰にも似ていない長所が必要。日本の勤勉さと細やかさは、世界に誇れる長所となりうる。そうした内容を、簡潔かつ適度にヴィヴィッドな表現で周りに伝えられるのだ。

 甘いだけではない。厳しく、具体的でもある。ジャパンは本稿掲載後、5週間で6つのテストマッチ(国同士の真剣勝負)に挑む。指揮官は、11年に地元でのW杯を制したニュージーランド代表(オールブラックス)を例に挙げ、こう断じたものだ。

「毎週、ベストチームで臨みます。コンディショニングの問題(連戦による疲れなど)もありますが、それに慣れなくてはいけません。トップ10に入るためには、これがノーマルだと思ってもらわなければ困ります。オールブラックスは約88パーセントという年間勝率を誇りますが、朝に40分、昼に90分のセッションを行います。昼の最初の30分はフルコンタクトです。世界一のチームがそういう練習をして、週末の試合に臨んでいるのです」

 グラウンド上でも、短時間集中型のハードな練習をきびきびと進めてゆく。遡って17日は、個々の集中力に乱れがあるからと練習を打ち切った。時にはこうしたショック療法を用い、組織の緊張感を保っているのだ。

 わかりやすい成果も残している。まだ就任1年目だった昨秋の遠征では、ルーマニア代表とグルジア代表に勝利。ジャパンにとって史上初となる、敵地での欧州勢撃破を成し遂げた。攻守の起点であるスクラムを押し込まれながら、春から作り上げた組織的な攻撃で僅差の勝負をもぎ取ったのである。

 キレのある話をするジョーンズHCは、実務能力の高さや提唱するラグビースタイルの面白さと相まって、選手、ファン、報道陣をすっかり魅了している。「この人を信じれば間違いない」。そう思われている方も多いのだろうが、しかし、安易な全面肯定は危険である。代表チームにとっての指揮官は、政界における総理大臣とほぼ同義だ。人懐こい笑顔の「エディーさん」も、イメージではなく現象をもとに報道されるべきなのである。

 11年、日本代表はW杯の予選プールで1分3敗に終わった。断ずれば、それは大会前から全く予想できないことではなかった。何を記しても「後出しじゃんけん」になるので詳細は省くが、選手個々の健闘ぶりとは別の領域で危険信号は灯っていた。それがきちんと伝わりづらい雰囲気が、当時の日本列島を包んでいたのだ。

 大会前の勝敗予想では、多くの識者が「2勝」を掲げた。なかには「本当は難しいと思ったけど、ファンを白けさせるわけにはいかないから」という本音も隠れていた。それはそれで尊い考えだが、実相の伝達とはかけ離れているのも確かだった。フランス代表に一時4点差まで追いすがった9月10日の初戦(●21−47・ノースハーバー)を「健闘」と報じた記者の多くは、21日、トンガ代表との第3戦を終えるとやや感情的になっていた(●18−31・ファンガレイ)。

 本稿筆者も同罪である。大会前は、『ラグビーリパブリック』以外の記事掲載先から「ネガティブな記事はちょっとね」と言われ、それを跳ね返すだけの説得力、筆力、その他諸々の力を持ち合わせていなかった。結果、現地からリポートを発信しつつも無力感にさいなまれた。時間とお金をやりくりして日本からトンガ代表戦を観に来た知人の落胆ぶりを、黙って見届けるしかなかった。

 19歳の藤田慶和、20歳の福岡堅樹ら若手が成長しているなど、現代表に関しては明るいニュースが多い。なかばそれらの配信元となっている指揮官は、面白く、厳しく、明確なビジョンを持っている。ただ、そんな人が相手になってくれるいまだからこそ、雰囲気に流されない取材姿勢が求められよう。

 最近のジョーンズHCは就任当初と違い、契約期間の15年以降の日本ラグビーや若手育成計画である「ジュニア・ジャパン」に関する話題を自主的には取り上げなくなった。こうした事実を踏まえながらでも、「エディーさん」の手腕に敬意を表することはできる。むしろそうでないと、中立性の欠如から11年と同じことが繰り返され得るのだ。

 ジョーンズHCはプロコーチである。15年のW杯イングランド大会に向け、日本の強化に全精力を尽くすはずだ。そのさまをできるかぎり精査し、「確かにひとつも話さないのが一番簡単ですが…」という指揮官から真に「次の試合が楽しみになるようなこと」を聞き取る。本稿筆者を含めたメディアの、これが応援の仕方である。

 

 

 

【筆者プロフィール】
向 風見也(むかい・ふみや)
ラグビーライター。1982年、富山県生まれ。楕円球と出会ったのは11歳の頃。都立狛江高校ラグビー部では主将を務めた。成城大学卒。編集プロダクション勤務を経て、2006年より独立。専門はラグビー・スポーツ・人間・平和。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)がある。技術指南書やスポーツゲーム攻略本の構成も手掛け、『ぐんぐんうまくなる! 7人制ラグビー』(岩渕健輔著、ベースボール・マガジン社)、『DVDでよくわかる ラグビー上達テクニック』(林雅人監修、実業之日本社)の構成も担当。『ラグビーマガジン』『Sportiva』などにも寄稿している。

 

(写真:合宿で精力的に動くエディー・ジョーンズ日本代表ヘッドコーチ/撮影:松本かおり)

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